[創商見聞] No.7 林 幸一 × 亀原 和成 × 福澤 崇浩 (松本ブルワリー)

自分たちのブルワリーを早く作りたい

―松本産クラフトビールを造ろうとした経緯は。
 以前、サイトウ・キネン・フェスティバル松本(現セイジ・オザワ松本フェスティバル)のボランティアをしていた福澤から、「来場者に信州のクラフトビールや松本市のオリジナルカクテルを振る舞いたいので手伝ってもらえないか」と話をもらったのがきっかけです。この時、ビールのコーナーがとても人気で、また私が営むバーでもビールファンが確実に増えていると感じたこともあり、まず2014年に、信州ビールを知ってもらおうと「クラフトビールフェスティバルin松本」というイベントを立ち上げました。
福澤 15年には来場者が2万人を超えるイベントになりましたが、その中で「松本のビールはどこですか?」と聞かれることが多くて…。そのたびに「松本のビールはないんです」と答えるのが心苦しく、なんとか地元のおいしい水や素材を使ってビールを造れないかと考えていました。
亀原 イベントの実行委員の中にクラフトビールに精通したメンバーがいたので、相談し、まずは委託醸造でおいしいビールを造って実績をつくろうと、取り組みを始めました。皆がそれぞれ自分の仕事を持っていて忙しいですが、「もうとにかくやろう」と、16年1月に創業しました。

―クラフトビールの魅力は。
 クラフトは「工芸品」という意味。工芸品のように職人たちが丹精して造るということが魅力です。20年前の地ビールブームのころは、あまり品質が良くなく、悪いイメージがついてしまったことがありましたが、品質の向上への努力を続け、今では日本のクラフトビールは世界でも多くの賞を受賞しています。そういう日本人のものづくりへのひたむきさが詰まっていることも伝えたいです。
福澤 それから「クラフトの街」をうたっている松本で、松本のクラフトビールがあるということは全国から見ても注目してもらえるのではないか。ワインはその土地の風土や空気がブドウの風味になるといわれていますが、私たちも松本の地で地元の人たちの知恵と工夫でホップや麦を作り、ビールで表現していきたいです。

―1期目を終えて。
林 まずたくさんの地元のお客さまに熱烈に支持していただいた実感があります。昨年のビールフェスティバルで初めて私たちのビールを出し、ありがたいことに長蛇の列ができました。麦の風味や味わいが楽しめると好評でした。今までなかったものを自分たちの手で作り、それを目当てに来てくださる人がいる。涙が出るくらいうれしかったです。
亀原 小さなところから始めて、自分たちの力で大きくしていこうと、松本市中町にわずか5坪(16.5平方㍍)の直営店「タップルーム」をスタートしました。今では地元の方と観光客であふれています。創業にはエネルギーが必要でしたが、企画や流通など、課題を一つ一つクリアしていき、この1年を通してやってきたことが企業イメージの構築にもつながりました。
福澤 ただ、心苦しい点も出てきました。一番はビールの需要が伸びる時期に欠品や品薄状態が続いてしまったこと。今、私たちは国内外のコンテストで賞を取るような素晴らしい醸造所に委託しています。クオリティーの面で妥協したくなかったので、醸造先にはこだわりました。半面、現在のクラフトビールブームの中ではどうしても造ってもらう量に限りがある。売りたくても売る商品がないというのはOEM(委託製造)生産のもどかしいところです。
 だからこそ、自分たちのブルワリー(醸造所)を作りたい。しかし、それには多くの設備投資が必要になり、その費用をどう捻出するかが課題となってきます。融資や経営については以前から商工会議所に指導していただいているので、引き続き相談させていただきたいです。ここに行ってこういう文書を作ってくださいとか、客単価や週末の売り上げを算出してくださいとか、事細かに指導してもらえるし、小規模事業者持続化補助金の採択や空き店舗活用事業補助金を使って家賃補助をしていただくなど、非常に助かりました。
亀原 商工会議所経由で紹介してもらった食品会社とのコラボレーションの話も出ているので、さまざまな面でバックアップしていただいていますね。

クラウドファンディングで活動伝わる

―今後の事業展開について。
 とにかくブルワリーを作る。できれば今期中に実現させたいと思っています。今、松本出身で将来ブルワー(ビール職人)になりたいという青年がおり、2月の1カ月間、ビール造りの研修を積んでもらおうと思っています。広島県にある「広島酒類総合研究所」という日本に一つしかないビールの造り方を学べる機関です。多くの申し込みがある中で高い倍率をかいくぐったので、頑張ってきてほしいですね。
福澤 ブルワリーは常連のお客さまたちも楽しみにしてくださっていて、建設できるようにと「もう1杯飲んで行くね」と言ってくださる。早く期待に応えたいです。
亀原 本当にたくさんの人たちに応援してもらっています。昨年初めてクラウドファンディング(インターネットによる資金集め)を利用したところ、募集期間は80日でしたが、4日間で目標金額を達成できました。私たちは今回は購入型のクラウドファンディングにし、返礼品のビールもしっかり付ける形にしました。実際に資金も集まりましたが、なにより活動を知ってもらういい機会になりましたね。
 募集を始めてからどんどんアクセス数が増えていくので、びっくりして思わず最後の一口は自分で押してしまったほど。募集期間終了後もまだアクセスが続いていましたからね。あの反響には驚きました。
福澤 返礼品が届くと写真に撮ってSNS(インターネットの会員制交流サイト)で拡散してくださるなど、さらなるPRにもつながりました。SNSは若者の目につく機会が多いので、今は若い人たちのビール離れが叫ばれていますが、「皆で集まって楽しむアイテムの一つにクラフトビールがあるよ」というようになればいいですね。もちろんお酒は健全に楽しむことが大前提です。

クラフトビールで松本に貢献したい

―クラフトビールで実現させたいことは。
亀原 一つは、松本ブルワリーを常に楽しくて面白いことに挑戦するプロジェクトにしたい。地域性を大切にして面白い試みを続けていれば、評価してくださるお客さまも増えていくのではないかと思います。
福澤 早速ですが、3月には「エアビール選手権世界大会」を開催するんですよ。これはエアギターのビール版として、いかにビールをおいしく飲んでいるふりをするかという大会です。SNS「インスタグラム」に動画を貼ってもらって、「いいね」が多かった上位10人から、最終選考を経て優勝者を決定します。優勝賞品はタップルームでビール100パイント(大型のビールグラス100杯)。約9万円相当なので皆さんどんどん応募してください!
 一見ふざけているように見えることも、真剣にやると人は興味を持ってくれます。スコットランドの小さな町に今世紀最も飛躍したブルワリーがありますが、その会社は起業のことを革命だと言いました。PR方法が少々強烈だったので周囲から見たらふざけて見えたかもしれませんが、本当に革命を起こし、2007年に約3万ポンドの出資金で立ち上げた会社を、15年には年間売り上げ4500万ポンドにまで成長させました。イギリスでビールに関する法律まで変えてしまったほどです。今のは極端な例ですが、日本のビール業界におけるクラフトビールのシェアは約1%。私たちにもまだまだ伸びしろはあると思います。ビール造り自体はもちろん、キャッチコピーやPR方法、ノベルティーグッズの制作など、自分たちが面白いと思うことをやらなければお客さまの心には届かないですからね。
福澤 そしてもう一つは地域貢献。クラフトビールの成功例はいくつかありますが、地域性は重要な要素です。信州の果物は全国有数の地域資源なので、それに松本産の麦やホップを使ってできたてのビールを提供できたら最高です。
 そうして松本の資源や場所を有効に使わせてもらいながら、地元の皆さんや商店街の皆さんとさらに連携し、地域や経済を活性化していけたらなと。地域に貢献しながらビールを造り、そのビールを飲みに松本に観光客が訪れることでさらなる地域貢献になる。そんな仕組みを作って、最終的には松本のファンをどんどん増やしていきたいです。

【はやし・こういち】 株式会社松本ブルワリー代表取締役
松本市出身 49歳
20歳でフランスのホテルチェーン「クラブメッド・サホロ」に入社。その後、さまざまなバーテンダーの大会で優勝し、2003年に「オールドロック」を開業。株式会社ランドサービス代表取締役。

【かめはら・かずなり】 株式会社松本ブルワリー専務取締役
高山村出身 50歳
21歳で最初の店を創業。1998年に、たこ焼き・たい焼きの専門店「焼きたて屋」を創業し、現在県内外で82店舗を運営する。株式会社かめや代表取締役。

【ふくざわ・たかひろ】 株式会社松本ブルワリー常務取締役
松本市出身 36歳
信州大学在学時から実家である三代澤酒店の通信販売を始める。卒業後、家業の傍ら、信州・まつもと大歌舞伎市民活動委員など、多くの市民活動に携わる。株式会社三代澤酒店専務取締役。