佐藤大史・アラスカ撮影紀行(下) 広大な中生きるライチョウ

1羽の鳥が、稜線(りょうせん)から山脈を見下ろしている。北アルプスのような風景だが、これはアラスカ山脈の中で出合ったライチョウだ。アラスカでは標高1000~2000メートルのやぶの中や岩稜帯にすんでおり、日本にいるものと同じく、夏と冬で色が変わる。
アラスカではそれぞれの個性が強くあるように感じる。私に興味を持って近づいてくる夫婦がいれば、まだ点にしか見えない距離でも逃げていくのもいるので、“ライチョウ”と一くくりにはできない。同じ種でも日本にいるものとの差はどこから来るのか。彼らが、遠い過去や未来を容易に感じさせるほどの広大な中に生きていることが、影響していることは間違いないだろう。今回は、ライチョウとの出合いまでの背景をお伝えする。

地球で生きているということ
この環境の中でつないできた命

6月の上旬、2週間分の食料を担いで、アラスカ山脈の中を歩いていた。はじめの数日は稜線にアプローチするために地図とにらめっこしながら見通しの悪い谷の中を進む。実はここが一番緊張する。見通しが悪いのは動物も一緒なので、突然に出合ってしまうとすれば、こういうエリアだからだ。片手には常にベアスプレーを持ち、わざと大きな音を出しながら歩く。
目的のエリアに着いてからは、できるだけ見晴らしが良く風雨の影響が少なそうなところにテントを張る。アラスカ山脈には北米大陸最高峰のデナリ(6190メートル)がそびえているが、私が歩いていたのは山脈の中でも少し外れた連山で、標高は高いところでも2000メートルちょっと。緯度の関係で、1500メートルくらい足すと日本の北アルプスの植生や気候に当てはめて考えられるので、北アルプスの山小屋で働いていたころの経験が生きることも多い。この冷たい風の後は雷だ、という体感的な予測に救われたこともあった。
ある日、1800メートルほどのあたりにテントを張った。一昨日から続いていたみぞれ混じりの雨はやんだが、風が強く、気温も0度まで上がることはなかった。視界は数メートルしかなかったが、十分に撮影できていなかったので、カメラを下げてさまよっていた。その時、足元を何かが駆け抜けた。小指ほどの大きさのネズミだ。その姿には勇気をもらったのを覚えている。その小さな体で、どうやって生きているのだろう。
ついに低気圧が去り、遠くまで見渡せるようになると、驚きの光景を目にした。私のテントのすぐ横の谷にドールシープとカリブーがいたのだ。そうか、彼らはこの環境の中、命をつないできたのだ。淡々と、数万年にわたって。私は、いつでも、視界にあるものしか見えていないことに気づかされる。ため息をつき、岩場に腰を降ろした時、私を見下ろしていたのが1面のライチョウだった。
私たちは地球の上に生きている。忙しい日常の中でそのことを意識できる機会は多くない。しかし、生きとし生けるものたちがより長く生を全うするためにも、遠くにあるものとのつながりを想像することが大切なように思う。私の活動はそのきっかけの一つでありたい。ここまで数年かけ、ようやく1合目までは来ただろうか。歩荷(ぼっか)さながら、たゆまなく、登り続けていきたい。
(佐藤大史・写真家・安曇野市在住)

投稿者: mgpress