松本に最先端のダンス広めるAZSAさん

「松本でいろいろな人が集える、あたたかいダンス・スタジオをつくりたい」。松本市のダンサーAZSA(アズサ、本名・安威梓)さん(32)は、高校生の頃からの夢を実現しようと、経験を積んでいる。
男性グループの「DA PUMP(ダ・パンプ)」に憧れて高校時代にダンスを始め、東京に出てから米ニューヨーク発祥のダンス「ライトフィート」に出合い、夢中になった。今はそのダンスを日本で広める役目も担う。
かつての松本には、ダンスを教えてくれる人も情報も少なかった。だから、最先端のダンスを地元でも教えられるようにと、自分のスタジオを開くのが夢だ。今は教室やイベントなどで指導し、ダンス仲間を増やしている。12日には、英ロンドンで開かれるライトフィートのヨーロッパ大会に出場する。

松本でスタジオ設立を目指す
本場NYでほれ込んだダンス

AZSAさんは東京でダンスユニットを組んで活動していた2010年、「何か面白いダンスはないか」と動画投稿サイト「ユーチューブ」を見まくった。「これはなんだ!?すごい!」とくぎ付けになったのが「ライトフィート」だ。
複雑なステップ、帽子や靴を取り入れたダンスは、最高に格好良かった。すぐに仲間3人でチームをつくり、見よう見まねで踊り始めた。
3人の踊りをユーチューブにアップすると、「ニューヨークへ来いよ」とメールが。ライトフィートの創始者、憧れの人からの連絡だった。チャンスをつかんだAZSAさんは「うれしかった」。
これをきっかけに11年、初めてニューヨークへ。動画を見てまねしていた自分たちのダンスは本物とは全然違ったが、本場のダンサーたちは温かく迎えてくれ、細かなステップを教えてくれた。踊る人の周りに見る人が集まり、名前やチーム名などを叫んで盛り上げるライトフィート独特の「ハイプ」。ダンサーはテンションが上がって良いダンスをし、それを見て周りの人もご機嫌になる。相乗効果を生む文化にほれ込んだ。
13年、2度目の渡米時に、公式活動の資格を受け取った。正式に、日本に初めてライトフィートを持ち帰る人となった。

松本市安曇の乗鞍高原で生まれ育ったAZSAさん。中学生の時にテレビで「DA PUMP」を見て衝撃を受けた。高校生になって本格的にダンスを始め、カルチャー教室に通ったり、ストリートダンスの先輩と踊ったりして技術を磨いた。
当時はダンスを教えてくれる場所、踊れる人、曲の情報など全てが少なかった。卒業後に「10年したら帰ってくる」と上京。仲間とヒップホップダンスのユニットを組んで経験を積んだ。その時、東京と地方の情報量の差に「劣等感」が募り、「松本でスタジオを開く」のが目標になった。
ライトフィート漬けの日々を過ごしていたある日、「DA PUMP」から「ライブでライトフィートを踊りたい」と振り付けの依頼がきた。招待されたライブでは、憧れたグループが舞台で、自分が振り付けたダンスを踊っている。その姿を「号泣しながら見た」。中学生の頃からの憧れと夢が、一筋つながった。
「有言実行!」で10年過ごした東京から4年前にUターン。松本に拠点を移し、愛好者グループ「ライトフィートネイション松本」をつくった。現在は「松本ダンススクール」でライトフィートを教えるほか、イベントで踊ったり、アーティストの振り付けを担当したりしている。
ライトフィートの楽しさを伝えるために年4回、競技形式のイベントを企画。年に2回、ニューヨークや東京など外部の人を招いた特別なワークショップもある、1日中ライトフィートを楽しむイベントも開いて、本物を見る機会をつくっている。「大変なこと、つらいことは多いけど、イベントに来てくれた人の笑顔を見るのが一番うれしい」。ダンスだけではない、多様な人が集まるスタジオ設立を目指す。
ライトフィートは世界中で踊られるようになり、国によって特色もある。今年はニューヨーク行きをやめ、ロンドンで10月に開く、ヨーロッパ最大の大会に日本からただ1人参加することにした。「行ったことがない場所、知らない人たちの中で、自分の踊りがどう見られるか楽しみ」と言う。

イベントの案内などは「ライトフィートネイション松本」のホームページで見ることができる。
(田原利加子)

投稿者: mgpress