シェフズ・ストーリー神木光さん 和食と祭りへの愛着深く

マツタケを薄切りにし、殻付きハマグリと共に目の前で天ぷらにする。ぱちぱちという油の音は拍子木の響きのよう。「にぎやかなことがとにかく好き」と話す神木光さん(51)は、和食の料理人であり、松本のみこし団体松深會(しょうじんかい)の組頭だ。
徳島県出身。幼い頃から新鮮な魚貝類に囲まれて育ち、東京や徳島ですしや天ぷらなどの下積みを重ねた。
スノーボードがきっかけで28年前、松本に移住。2003年、松本市の本町に季節料理・天ぷらの「もっきんどう」を開いた。同年、深志神社の例大祭など中心市街地でみこしの担ぎ手がいない中、松深會の設立に携わった。
「本町は自分の原点」と神木さん。みこしを担いだことがきっかけで店を構えて15年。和食と祭りへの愛着は深い。

シェフズ・ストーリー神木光さん
松本市・もっきんどう
料理は繊細みこしは威勢良く

「もっきんどう」は松本市の本町2丁目の交差点、角のビルの2、3階にある。15年前、他の職場で働きながら、木、金、土曜の営業で始めたことから「もっきんどう」。20席ほどの2階はジャズが流れる心地よい空間、3階は常連客や貸し切りに対応する。「ちょっとぜいたくしたい時に行く店」がコンセプトだ。
「とにかく揚げたての天ぷらとおいしい魚を味わってほしい」と神木光さん。料理は客が値段を決めた上でのおまかせコース。天ぷらを少しずつ出すのをはじめ、つまみを食べながら酒を味わう要望にも応える。
魚は松本や東京などの市場に出かけては目利きする。サバひとつでも関サバ、金華サバなど産地によって違う味を食べ比べできるようにする時も。「和食ならではの繊細さを表現できるのは日本人だけ」と、自らの料理人人生に誇りを持つ。
徳島県最東端の旧羽ノ浦町(現在は阿南市)で生まれた。近くの川や海で釣った魚を祖母が煮付けにしてくれた。そんな姿を見ながら料理人に憧れ高校の調理科に進学。卒業後は都内で天ぷらの「つな八」や徳島の大手すし・日本料理店で働いた。
23歳の頃、先に松本に住んでいた両親のもとにスノーボードに行くために訪れた。「温かい所から寒い所に来るのもいいな」と、古里と全く違う環境に面白さを感じ移住。鮮魚店、高級日本料理店、ゴルフ場の食堂で働きながら独立を目指した。
25歳で本町1丁目の知人に新春恒例「あめ市」のみこしに誘われ、初めて担ぎ手の楽しさを知る。一方、当時、深志神社では例大祭のみこしの担ぎ手がおらず、トラックの荷台などに載せて市内を回っていた。
2002(平成14)年、「菅原道真公御正忌1100年大祭」の時も長野市のグループが中心になってみこしを担ぎ地元の参加は23人。松深會はその中の1人だった高田裕任さん(71、同市大手1)が「威勢良くみこしを担いで街全体の活性化に」と設立した。
神木さんは08年から組頭に。深志神社例大祭などのほか県内外の友好団体が行う祭りにも遠征。ここ数年は若手が少なく、一緒に汗を流せるメンバーを募集中だ。

「おはやしを聞くと血が騒ぐ」という神木さんだが料理は繊細だ。特に思い入れのあるのが“煮炊きもの”と言われる料理。「だしの取り方や塩加減など、きちんとした調理が必要で、その人の個性が出る」と気を抜かない。
また、お造りの1品にのりで巻いた中トロを添えるなど、すし職人の経験を粋にアレンジ。「酒の中で日本酒が1番好き」というだけあり、料理に合う日本酒のアドバイスも的確だ。
「凝り性」でもある。50歳を機に新たなことをと、フルマラソン完走を目指し松本マラソンに、楽器の演奏ができるようになりたいとウクレレに挑戦。マラソンは毎日10キロの走り込みで疲労骨折し今年のレースは断念。ウクレレは動画サイトを見て練習し弾けるようになった。

11月3日は市民祭。松深會として最も力を入れているイベントで気合は十分だ。「みこしも和食も人生そのもの。好きなことを続けられて幸せ」と神木さんは話す。

【もっきんどう】
松本市中央2―3―24米田屋ビル ランチ(平日の正午~午後2時)は天ぷら定食と天丼が1000円から(仕出し弁当の予約がある場合は休み。要事前確認)。夜は午後6~11時。おまかせコース3000円から。不定休。

(井出順子)

投稿者: mgpress