[創商見聞] No.11 浦野 伸也(キッチンプロデューサー)

木のキッチンで家族を幸せに

―木のオーダーキッチンを事業に選んだ理由は

 もともとは出身地の立科町で家具工房を開き、国産の無垢材で家具を作ってきました。同じように自然素材で家を建てている工務店や設計事務所と出合う中で、「これだけこだわって家を建てるのに、キッチンだけ自然素材のものがない」という話を耳にするようになり、「ないなら自分たちで作ろう」と始めたのがきっかけです。 今でもそうですが、キッチンは大手メーカーの作るシステムキッチンが大多数です。デザインや種類が豊富なので、それはそれでいいのですが、レイアウトや棚の高さなどが使う方の実情に合っていないことが多い。自分も料理好きなので感じるのですが、「本当はこうだったら使いやすいのに」ということがよくあります。そういった使い手のことを考えた設計や、自然素材への回帰から、今後、木のオーダーキッチンの需要が増えるのではないかと考えました。

―創業後に苦労した点は

 家具工房時代は正直、食べていくのがやっとでした。作り手は、製作技術は高いですが、どうしても営業が苦手。良い物を作れば売れるだろうと、ひたすら技術を磨いてきましたが、肝心の売り方が分からない。このままでは立ち行かなくなると思い、とにかく外に出て人と会うようにしました。 その中で木のキッチンの必要性に気付き、道が開けましたが、今度はそれを知ってもらう術が分からない。一つ壁をクリアすると、また次の壁が立ちはだかる。その繰り返しでした。

―家具工房の設立、テナントでの出店を経て、自身のショールームをオープン。

 その経緯は どうやって木のキッチンを広めていくか、考えあぐねていた時、起業家の勉強会で一人の社長に出会いました。彼に「商売はかけ算。商品、サービス、立地、雰囲気、認知のどれか一つでもゼロだったらゼロになる。お客さまには届かない」と言われ、打ちのめされました。それまで積極的に認知させてこなかった姿勢を改め、その社長の商業施設に出店することに決めました。 そこからは発見の連続でした。お客さまとじかに接することで、買い手が何を求めているかを感じられるようになった。欲しいけれど注文の仕方が分からない人、手入れが大変そうだと二の足を踏む人、オーダーは値段が分かりづらいと不安に感じる人。作る側の理屈でしか物を考えられなかったのが、お客さまの立場で考えられるようになりました。 そこで、お客さまにより商品の良さを知ってもらおうと、実際にキッチンを使う体験イベントを開催しました。好評でしたが、テナントでできることに限界を感じ、悩んだ末に自分の店を出す決心をしました。 店を出すと決めてからは、まず商工会議所に行き、資金調達などの相談に乗ってもらいました。テナントで出店する際も、創業セミナーや起業家の交流会に参加したり、日商簿記の講習会に出たり。2年前には念願がかなって、ショールームをオープンしましたが、その年にも小規模事業者持続化補助金を受けて、広報面で活用するなど、さまざまな制度を利用させてもらいました。

―今後の事業展開について

 県内の家具工房と協力し、新しい仕事の形を作りたい。普段は個人経営の工房が、必要な時にだけ集まって、分業もしくは共同作業により一つの商品を作る仕組みです。県内は、その環境から、高い技術を持った家具職人が大勢いるので、皆で魅力的な仕事をしていけば、産業として成り立つのではないかと考えています。ゆくゆくは他県にもPRしていき、長野県特有の産業があるのだと、広めていきたいです。

―創業を考えている人へメッセージを

 ぜひ、仕事の目的を見失わないでください。以前の私は家具を作ること自体が目的になっていましたが、木のキッチンと出合ってからは、「キッチンを通して家族を幸せにすること」が目的になりました。 今までのキッチンは、お母さんの孤独な作業場というイメージでしたが、これからのキッチンは家族皆が集う場所になります。無垢材のキッチンは手入れも必要ですが、磨けば磨くほど愛着が湧き、何よりシンプルで飽きがこない。その分長く使えて、傷が付くたびに家族の思い出も増えていきます。 大切なのは、自分の仕事がどれだけ社会に貢献できるかです。創業したからにはもうけを考えることは当然だと思います。ただ、もうけはあくまでも目的地に向かうための燃料です。行き先を見失っては意味がありません。 目的地に向かう道中にはさまざまな課題が出てくると思います。私も壁にぶつかってから気付いたことがたくさんありました。実現したいことは何なのか、何のためにその仕事をしているのか。私も常にそのことを考えながら、目的地に向かって進んでいきたいと思います。

【うらの しんや】 スタジオママル代表。立科町出身 48歳。美術大学で空間デザインを学んだのち、帰郷し家具工房を創業。その後、自然素材のみを使用した木のキッチンブランド「スタジオママル」を平成18年に設立。以来、250件を超えるキッチンをプロデュース。