松原モールの活用へ 一夜限りのイルミネーション

時計台にガス灯、幅16メートルの歩行者専用道路―。松本市松原地区にある「松原モール」には、かつて華やかなショッピングモールとして造られた、しゃれた場所がある。こうした宝を生かし、にぎわいを創出しようと22日、住民有志の「松原モールぷろじぇくと」(新保俊尚代表)がイベント「いつもと違う時計台一夜限りのイルミネーション」を開く。
利用者が少なくなったモールの魅力を多くの人に知ってもらうきっかけにし、いずれはオープンカフェを開いたり、コンサートや演劇、結婚式などの会場にしたりと、夢は膨らむ。地区の少子高齢化が進む中、「何とかしなくては」と新保代表(58)ら6人が腰を上げたのが1カ月前のこと。次につなげる一歩を踏み出す。

おしゃれな風景残して

「松原モール」入り口にある西洋風のメインゲートをくぐると、インターロッキングの歩行者用道路。両側にガス灯、その先にはシンボルのからくり時計台や階段ホール、いくつものモニュメントが置かれている。
松原団地の造成に合わせ、地域の核としてショッピングモールが完成したのは1990年。平成の始めの、バブル景気が続く中だった。オープン当初は5店。その後徐々に増え、最盛期は13店舗と企業2社、動物病院が並んだ。
当時を知る店主の一人は「あまりにぎわった記憶はないが、夏祭りの時はかなりの人出があった」。
オープン前から同地区に住む宮島順子さん(61)は、モールに子連れで出掛けたといい、「毎正時に時計台からからくり人形が出て音楽が流れるので、いつも10~20人が集まった。近隣の保育園も遠足に来ていた」と振り返る。

現在は理髪やスナック、飲食など8店と歯科医院、動物病院、学習塾などがある。モールを歩く来店客は少なく、犬の散歩をする人やベビーカーを押す母親など決まった人が通るだけ。地元でも全く訪れない人もいるという。
「松原モールぷろじぇくと」を立ち上げた新保俊尚さんは、1988年から同地区に住む。「歩けるスペースがあるのに、人が通っていない。店にも車で来るだけ」と残念がり、「市内でもあまり類を見ないおしゃれな場所。意気込んで造ったが、空振り状態。これだけの設備を一部の利用だけで埋もれさせるのはもったいない」と力を込める。
新保さんと共に立ち上がったのは、3年前に同市渚からモール内の店舗を住宅に改装し、引っ越してきた曽根原豊さん(50)。「ぷろじぇくと」副代表を務める。古い西洋の町並みを模した雰囲気に引かれ、移ってきたという。
「この風景をずっと残したい。毎朝起きて目にする景色に、今でも新鮮な気持ちになる。市中心部より格段に不便だが、てんびんにかけてもこの風景が勝る」と言う。
22日は午後5~8時、時計台を2000個の電球で彩り、ゲートと時計台の間にキャンドル約200個を置く。ココアやホットワインなど温かい飲み物も振る舞う予定だ。

交流増やし広がる構想

イベントを1回で終わらせるつもりはない。「今回は地区の宝を再認識するきっかけにし、協力してくれる仲間を増やしたい」と新保さん。曽根原さんによると、階段ホールはさまざまに活用できるよう設計されているといい、「自分たちで主催するだけでなく、ここで催しを開きたい人の窓口にもなりたい」と話す。
時計台は98年、電気回路が焦げる火災で故障。宮島さんら地元の女性たちがフリーマーケットを開くなどした収益で2005年、時計だけは直した。しかし、からくりの修理は高額な費用がかかるとされ、扉は閉じたまま。有志らは、からくりの復活やガス灯の修繕などに、技術を持つ人の力も借りたいという。
人が集まることで、交流が生まれる。「地域の福祉の拠点にもなれば」と、将来の構想も広がっている。
イベントや「ぷろじぇくと」の活動などに関する問い合わせは松原地区公民館電話57・2322
(八代けい子)

投稿者: mgpress