シェフズストーリー 上高地五千尺ホテル・小浜英展さん

食通を呼び寄せる新しい風

美しく盛り付けられた一皿に料理人たちが視線を注ぐ。松本市の上高地五千尺ホテル料理長の小浜英展さん(45)が料理を試食し、手直しの指示を出すと、にわかに厨房(ちゅうぼう)が活気づいた。
今年創業100周年を迎えた同ホテル。伝統に新しい風を吹き込むのが小浜さんだ。ここ数年、“料理がおいしいホテル”として食通を呼び寄せている。
上高地の冬季閉鎖で年間200日ほどしか営業しない。料理人にとってハンディとも言える休業期間に、海外で食べ歩いたり、東京のレストランで働いたりして人脈を広げ、一流店の味を体得してくる。冬の時間が、小浜さんの力量を上げる。仕事に向き合う胸の奥にあるのは「料理で人を幸せにしたい」という思い。その姿が後輩や他店のシェフを巻き込む求心力となっている。

料理で人を幸せにしたい

創業100周年を迎えた上高地五千尺ホテルはこの秋、特別ディナーを相次いで催した。9月にミシュラン一つ星レストラン「ランベリーナオトキシモト」(東京都)の岸本直人シェフ、10月には世界的ソムリエの田崎真也さんを招いた。
実はこのレストラン、五千尺ホテルの料理長、小浜英展さんが冬場に働いた店だ。冬季休業中に同店で食事をした小浜さんは「ここで働かせてほしい」と直談判。快諾した岸本さんだが、その時は「有名ホテルの料理長とは知りませんでした」。小浜さんは2年続けて岸本さんの店で働き、今回のコラボレーションが実現した。当日はフランスの有名シェフで8月に死去した、ジョエル・ロブションさんのまな弟子で岸本さんの友人、朝比奈悟シェフも駆けつけた。
10月の田崎さんのワイン会は、小浜さんの料理に田崎さんがワインを合わせる趣向。
他県からの参加者も「『料理のおいしいホテルを』と旅行会社に紹介してもらい来た。期待以上」(兵庫県、30代女性)、「以前は登山帰りに寄ったが、今は体力的に登山できないので、ホテルに泊まり料理を食べる楽しみ方に変わった」(千葉県、60代女性)と幸せそうだ。
小浜さんは「とても楽しかった。食材や技法など一流店の料理を上高地のスタッフも体験できる機会にもなった」と振り返る。

神奈川県出身。「おいしくて体にいい料理」は農家育ちで看護師だった母の影響だ。料理人を目指し、高校卒業後は横浜などのフランス料理店や鮮魚店、精肉店などで修業。「違う土地も経験してみたい」と長野県へ。2000年、同ホテルに入社し、13年から料理長を務める。
それまで料理に対して明確なビジョンがなかったが、顧客とのコミュニケーションを大切にするホテルで意識が変わる。16年に発行した料理本「水と緑小浜英展のフレンチ」も転機に。レシピの開発でさまざまな生産者と出会い、生産者や食材への敬意が高まった。
割り下でつけ焼きした甘鯛(だい)でラングスティーヌ(アカザエビ)とキノコを巻き炭火で焼く魚料理、1カ月間乾燥・熟成させた赤牛を香ばしいソースと共に味わう肉料理|。和食の技法も取り入れ、素材の持ち味を引き出す。フルコースでも胃にもたれず、派手な演出はないが心に残る。
「自分の使命は料理で人を幸せにすること」。その証しとして顧客満足度1位を目指した。「最高のホテルになれば、顧客だけでなく従業員や取引業者も幸せな気持ちになれる」からだ。
一方、妥協を許さないあまり、後輩にきつく指導し上高地を離れる若手もいた。仕事が終われば同じ寮に戻る生活。「料理の腕だけでは人は付いてこないぞ」。そんな同僚の言葉にわが身を省みた。

ピーク時は200万人が訪れた上高地。県観光部の統計によると上高地の17年度観光客は122万6000人。選ばれ続けるためには付加価値が必要だ。
来年1月25~27日には100周年記念の集大成として、松本市でフルコースを提供する「五千尺ホテルフェア」も控えている。
「後輩が誇りを持って働ける環境にしたい。そして、長野県一の山岳リゾートホテルにしたい。最近、私のような“料理バカ”になりたいという後輩がいるんですよ」と表情をほころばせた。

【上高地五千尺ホテル】1918年、「旅舎五千尺」として創業。大手旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」で2016~18年、松本市のホテル・旅館198軒中1位、18年「トラベラーズチョイス」受賞。「五千尺ホテルフェア」の申し込みは来年1月10日から。詳細はホームページで。電話95・2111
(井出順子)

投稿者: mgpress