ボディコン、音楽、ミラーボール… 「青春そのもの」 ディスコをもう一度

赤や青の照明、キラキラ輝くミラーボール、ダンス音楽の刻む重低音…。バブル全盛期にタイムスリップしたかのような空間で、体のラインを強調した「ボディコン」の服を着た女性たちが踊る。
ホテルブエナビスタ(松本市本庄1)の地下にある「ミュートス」に昨年12月、ディスコ全盛期の常連客らでつくるグループ「松本踊る家庭婦人会」などの7人が集まった。ここで数カ月に1度、ディスコイベントを開くメンバーたちはこの日、「ミュートスは青春そのもの」と心地よさそうに汗を拭った。

今も自然に体が動く
イベント開催 松本踊る家庭婦人会

ホテルブエナビスタの地下に「ミュートス」がオープンしたのは1991(平成3)年。東京に巨大ディスコ「ジュリアナ東京」ができた年だ。ボディコンの服を着て、「ジュリ扇(じゅりせん)」と呼ばれる扇子を振り回し、お立ち台で踊る。そんなディスコ文化は地方にも飛び火していた。
「松本踊る家庭婦人会」は2017年から随時、ミュートスでディスコイベントを開いている。今回はMGプレスの依頼でメンバーの貸し切りパーティーが実現。30~40代を中心に、チャイナドレスやミニのキャミワンピースなど体のラインを強調した7人が集まった。
音響はミュートスでチーフDJを務めた水端裕巳さん(57、諏訪市)が担当した。
かつて週末には200~250人が集まり熱狂的な夜を過ごしたという。週2回は通ったと振り返る同会代表の百瀬亜矢さん(43、松本市)は、今でも音楽が鳴りだすと自然に体が動く。ジュリ扇を高く掲げ、腰を振る。決まったステップや動きはないが、ミラーボールや照明の中、妖艶な雰囲気を醸し出す。
「きらびやかなお兄さんやお姉さん、黒服(の店員)がいて衣装は手作り。ほぼ下着のようでした」。男性は柄シャツに細身の革パン。会社帰りでスーツの人も多かったという。
そのころ小中学生だったという女性(39、松本市)は「ジュリアナテクノにとにかく憧れていたけれど、当然ディスコには行けず…。憧れの空気を体感でき、本当に感激です」。衣装の多くはフリーマーケットアプリの「メルカリ」で購入したという。
「ディスコがはやっていたのは20歳手前のころかな」と話す女性(46、同)は踊り終えて、「『楽しかった』の一言に尽きます」。ミュートスでは当時、ハウスミュージックがかかることが多く、「ジュリアナテクノを踊りたいときは長野市の『キング&クイーン』や東京の『マハラジャ』とか『ヴェルファーレ』に遠征しました」と懐かしんだ。
その後、ミュートスは徐々に営業日を減らすなどして96年、ディスコとしての営業を終えた。

(八代けい子、高山佳晃、大山博)

投稿者: mgpress