茶懐石に懸ける人生 シェフズストーリー 橋本良正さん

釜で温められたお湯が注がれ、小気味よい茶せんの音とともにお茶の香りが立つ。懐石料理の後に出された薄茶を口に含むと、じんわり体に染み渡る-。
茶席を構え、料理をつくり、「一期一会」の心向きで客を迎える茶事。安曇野市穂高有明の茶懐石「昇月」の料理人、橋本良正さん(52)は、22年前の開店以来、安曇野で茶懐石をする意味を問い続けている。
宴会料理の需要が多いころから、「料理を基軸に日本文化や生活習慣を伝えたい」と信念を貫く。自家無農薬栽培の食材や、こうじから作るみそなど食の安全にもこだわる。
昨年1月、大けがを負い包丁を握れなくなった。逆境を乗り越えて迎えた今年、日常の尊さが身に染みる。「一瞬一瞬を大切に、真心を込めてお客さまをもてなしたい」

茶文化の継承 使命と悟る
シェフズストーリー 橋本良正さん 安曇野市・茶懐石「昇月」

門をくぐり茶庭の飛び石を進むと数寄屋造りの建物がたたずむ。和室が2つ。調理場では橋本良正さんが手際良く仕込みを進めていた。
しちりんにはブリを焼くための備長炭が赤々とともり、鍋からは上品なだしの香りが漂う。滋味あふれる食材を手間をかけて仕込み、季節の遊び心を添えて提供。最後には一碗(わん)ずつ、薄茶をたてる。
兵庫県出身で辻調理師専門学校(大阪)を経て日本料理「吉兆」に入った。数年後、転勤でくろよんロイヤルホテル(大町市)内の同店へ来た。
キノコや山菜、野菜、果物など信州食材の豊富さと味の良さ、水の美しさに衝撃を受けた。「四季折々の風情を五感で感じられる安曇野で茶事に関わる仕事をしたい」
吉兆に入った19歳の時から本格的に茶道を習い、その奥深さを伝えることができたらと、同じく茶道の心得がある妻・登志子さんと共に独立準備。30歳、月が美しく見える現在の場所で「昇月」を開いた。
自家栽培のきっかけは登志子さんの妊娠と出産。体を気遣い、食の安全を考えるようになった。化学肥料は使わず、かつお節のだしがらや自家製しょうゆの搾りかす、庭で飼っている鳥のふんなどで有機肥料をつくる。
農業は初めてだったが「自然の中に身を置くことで多くのことを教わり知恵や習慣を感じ取れるようになった」。当初1アールほどで始めた畑は現在、60アールに広がり、果樹、米、野菜を栽培している。

右手のけが経て日常の尊さ学ぶ

理想に少しずつ近づいてきた昨年1月、料理人としての危機が襲う。食器洗浄機内にある割れガラスに気付かず右手でつかんでしまい切断。7時間の手術で縫合は成功したが動かない右手に絶望した。
それでも3日後に板場に立った。「うちに来てくれるお客さんは“ハレの日”の食事だと思うのです。その人その人に特別な物語がある。だから応えたい」
右手が使えないためお造りの刺し身は左手で握った包丁で“たたき”に。店を休まず半年のリハビリを経て右手は復活。「当たり前のような日々は奇跡の連続。その一瞬一瞬を大切に頑張らねばと右手に教えてもらいました」と振り返る。

多い時は月に10回、これまで100回以上、店で茶事が行われたほか出張で茶懐石を振る舞うこともあったが、近年は指導者の高齢化などで年に数回に。また、漆器や利休箸、器など茶事に関わる職人も減ってしまった。
店を続けるか迷った時もあったが、「茶に関わる文化を途絶えさせるわけにはいきません」と橋本さん。暇を見ては産地を訪ね伝統技術を継承する器や調度品を探す。それを店で使ったり紹介したりしながら文化を残すのも料理人の使命と悟った。
風光明媚(めいび)な安曇野。いつかは小さな茶室を建てたいと夢を抱く。「利休さんのような“わび茶”の精神性に近づきたい。お茶に人生を懸けてやっていきます」

【茶懐石 昇月】
安曇野市穂高有明8884-9。茶懐石8000円から。正午~午後2時、6~9時。予約営業で前日までに予約のない日が休み。電話0263・83・5405

(井出順子)

投稿者: mgpress