伝統のコトヨウカ行事をカメラで追う

入山辺厩所で「貧乏神送り」

「貧乏神を追い出せ―!」。8日午後、松本市入山辺厩所(まやどこ=24世帯、68人)の山里に「貧乏神送り」の囃(はや)しと念仏が響いた。
物事を始める大事な日とされる「事八日(ことようか=2月8日)」に、体長2メートル、高さ1.5メートルの大きなわら馬を作り、背にジジ、ババと呼ぶわら人形を乗せて「貧乏神」に見立てる。わら馬を囲んで大きな数珠の輪を回しながら「南無阿弥陀仏…」。念仏を唱えた後、約400メートル離れた薄川の堤防へと運んで焼き払い、地区の人々の安穏と無病息災を祈った。
国の選択無形民俗文化財に指定される松本のコトヨウカ行事。少子高齢化で参加者が減り行事日を変える地区が多いが、同地区の「貧乏神送り」は現在も2月8日にこだわる。伝統の行事をカメラで追った。

山里に残る厄払いの伝統行事
国選択無形民俗文化財・松本市

8日、午後1時。松本市入山辺厩所(まやどこ)地区の「貧乏神送り」で、公民館に20人が集まった。「恒例のわら馬作りを始めたいと思います…」と常会長の朝倉功さん(55)があいさつし始まった。
大きなビニールシートの上に馬の骨組みをかたどった木枠が用意され、作業は、脚、胴体、顔(馬面)の順で進められた。馬の胴体を飾るわらで作るこも(みの)は、9人の女性らが中心になり手際よく編んでいく。馬の口元を編む人、ジジ、ババのわら人形を作る人など作業分担は特に決まっていない。全員「阿吽(あうん)の呼吸」で機敏に動く。
1時23分。男性8人で作るわら馬は異例の早さで輪郭が仕上がり、耳やたてがみも付き馬の雰囲気が整った。
1時30分。馬の背に片足だけの草鞋(わらじ)と草履が掛けられた。黒色スプレーで目を付けた瞬間、生命感が生まれわら馬に魂が入った。
1時35分。貧乏神に見立てたジジとババのわら人形を乗せ、立派な風貌の雄馬が完成した。わら馬を前に朝倉功さんは「今年も見事な出来栄えです。わら馬作りは、厩所に生きている証しで、皆の心の絆です」。
1時51分。長さ約11メートルの数珠の輪の中にわら馬を置き、町会長の中野博充さん(70)が木槌(づち)で打つ鉦(かね)の音に合わせ「南無阿弥陀仏…」。車座になり数珠を左回りに3回まわしながら念仏を唱えた。文久2(1862)年の銘がある鉦をたたく木槌を見ながら中野博さん(74)は「昔、この地区に疫病がはやり、行うようになった」と話す。
2時10分。鉦を鳴らしながらわら馬を抱え坂道を下りる。途中、集落入り口の道祖神に立ち寄った後、薄川の堤防へ運んだ。
2時51分。点火すると急に火勢が上がり炎がわら馬を包んだ。ジジ、ババが激しく燃え昇天していく。15分ほどで燃え尽きた。「さあ、振り向かないで戻れ!」と誰かが声を掛ける。振り向くと落とした厄が付いてくると言われているからだ。
公民館に戻り中野博充さんは「新年会で8日に行うことが決まった。受け継がれてきた『貧乏神送り』を大切に後世へ伝えていきたい」と話した。
(丸山祥司)

投稿者: mgpress