移住者が大網の伝統とち餅づくり受け継ぐ

「パンッ」。小谷村北端の大網(おあみ)地区に、きねで餅をつく音が響く。木臼の中で黄土色に染まる餅は、トチの実を混ぜ込んだ「とち餅」。地域の伝統食だ。餅つきは通常、拠点施設に併設された工場で行うが、取材で訪ねた5日は昔ながらの製法で作ってもらった。
39世帯74人(2月末現在)が暮らす大網。約53%という地区の高齢化率は移住者を除くとぐんと上昇するという。将来も危ぶまれる集落の伝統を継承しようと、移住した2世帯による任意団体「くらして」が活動している。とち餅作りも、一度は途絶えた地域の活動を引き継いだ。
独特の深みのある素朴な味わいは、まさに「山の味」。「大網に暮らす人の息遣いが伝わる味を」。製造の中心を担う北村綾香さん(40)は力を込める。

先人に学び未来をつくる

秋になると、コメの代用食となる実を落とすトチノキ。山あいにある小谷村の大網地区では、地域ぐるみで大切にされてきた。
皮をむいただけのトチの実は苦みが強いが、灰と混ぜて丁寧にあくを抜くと深みのある風味になる。これをもち米と混ぜてついたとち餅は、各家庭で食べられてきた伝統の味だった。
1984(昭和59)年、とち餅を大網の特産品にしようと女性たちでつくる「とちもちの会」が発足。が、メンバーは当初から若くて50代。実を拾って、乾燥させて、皮をむいて、あくを抜いて-。高齢化に伴って負担も大きくなり、2009年ごろに活動は途絶えた。
この伝統を絶やすまいと12年、当時村の集落支援員を務めていた北村綾香さんをはじめとする若者らが製法を教わり、14年にできた「くらして」が製造販売を引き継いだ。
餅つきは機械だが、皮むきなど他の作業は手作業で丁寧に行う。もち米も自分たちの手で栽培したものを使い、手間を掛けて「大網の味」にこだわる。
綾香さんは20年ほど前に初めて食べたときは苦味を感じたが、次第にその味の病みつきに。「今ではトチの実の量が多いほうがより好み」と言うが、多くの人に味わってもらいたいと、販売する餅に混ぜ込む量のバランスには気を配っている。

「くらして」は、前田浩一さん(48)、聡子さん(36)夫妻、綾香さんと夫の健一さん(46)に、両夫妻の子ども3人も含む7人で構成する。
団体が指定管理者を務める大網農山村体験交流施設「つちのいえ」を拠点に、炭焼き、農林業など、地域の伝統を事業として行っている。宿泊機能を備えるつちのいえの運営や、イベントやワークショップも開き、浩一さんは「大網の未来をつくる仕事をしている」。
両夫妻は全員県外出身。地区に拠点を持つ野外活動教育機関「日本アウトワード・バウンド協会(OBJ)」の研修に参加したり、働いたりしたことがきっかけで人の温かさや、できる限り自給自足の暮らしぶりにひかれ、住み着いた。
大網には25人ほどの移住者がいるが、その多くがOBJの関係者。高齢化が進む地域の中で草刈りや水路掃除などの共同作業の中心を担い、雪下ろしやトイレの電球を替えたりといった細かな頼まれごとも多く、健一さんは「ここでは自分たちが頼りにされている実感がある」と喜ぶ。
コンビニやスーパーなどが近くにない暮らしは不便に映るが、「何でもすぐに手に入ることは本当に幸せなのか」と聡子さん。「何もないからこそみんなと協力して生み出す。そこに生きている実感や喜びを感じる」
両夫妻とも幼い子どもがいるため、活動は「無理をせず、できる限り」だが、子育てが一段落したら販路の拡大も検討したいとする。浩一さんは「とち餅作りをはじめ、ここの人に『大網はこれからも大丈夫だ』と思ってもらえるように活動していきたい」と話す。

3月下旬にとち餅ののし餅を製造予定で、18日までくらしてのホームページで注文予約を受け付けている。1つ(約270グラム)800円(送料別)。小谷~大町市間で行われる「塩の道祭り」で村内が会場となる5月3日は例年同様、とち餅の大福を販売する予定だ。くらして電話025・561・1023
(大山博)

投稿者: mgpress