107年前の水難事故 慰霊の催し今も 児童ら受け継ぐ思い

107年前に安曇野市穂高の烏川で尋常高等小学生4人が亡くなった水難事故が、尋常高等小の後身となる穂高南小学校の通学区の一部、本郷地区の児童に今も語り継がれ、毎年慰霊の催しが営まれている。ことしは4月20日に児童18人と保護者らが参加し、地元の声楽家、長瀬博さん(88)作曲の哀悼歌が披露された。
1912(明治45)年4月24日、東穂高村(現・安曇野市)の東穂高尋常高等小学校の女生徒4人が、遠足の自由解散後に川で流されて死亡。生き残った別の1人の証言から「近道と思い川を渡ったが、前日の雨や雪解けで増水していて、4人は足を取られた」と伝わる。
事故から20年後、現場近くの同川右岸に哀悼碑が建立された。1978年には本郷地区にある宗徳寺の前住職、故・寺口良英さんが近隣の小学生や保護者に供養を呼び掛け、以来同地区では育成会の行事として毎年、6年生が寺から碑まで歩き、ごみ拾いと慰霊を続けている。
2014年に寺口さんから、地元に残る哀悼の詩文に曲を付けてほしいと依頼された長瀬さんが、寺口さんの没後に出来上がった歌を、哀悼碑の前で今回初めて披露した。
参加した上條美晴さん(11)は「流された子どもたちは怖かったと思う」。福井美春さん(12)は「歌のムードから内容が想像できた。年に一度でも来ることで、亡くなった4人も喜んでくれると思う」と話した。
この事故で亡くなった平川好美さん(享年13)の兄の子孫、平川淳朗さん(62)は「今でも子どもたちが来てくれ、歌までできてありがたい」。宗徳寺現住職の寺口良孝さん(46)も「育成会が供養をつないでくれていることに感謝」と話した。
(長田久美子)

投稿者: mgpress