シェフズ・ストーリー 児玉信子さん 自然や食材への敬意を源に

大町市中山高原。大町スキー場跡地の一帯は緩やかな丘が続き、春には菜の花が、夏から秋にかけてはソバの花が咲き誇る。
その一角にある「農園カフェラビット」は、自家無農薬栽培の野菜で作るサラダとジビエ(野生鳥獣肉)料理が看板メニュー。オーナーシェフ児玉信子さん(55)の1日は野菜の収穫と、周辺に仕掛けたわなの見回りから始まる。
東京都出身で、都内や米国のレストランで働き、縁あって大町市へ移住。当初は野菜料理の店をイメージしていたが、地域に広がるシカの食害を受けて狩猟免許を取得。猟友会有志で解体所を立ち上げ、さばいた肉を料理するようになった。
犬を飼った経験すらなく「まさかこんな展開になるなんて…」と笑う。自然環境や食材への敬意が活動の源だ。

シェフズストーリー 児玉信子さん
大町市 農園カフェ ラビット

捕獲で終わらせず命に責任を

シェフであり農家で狩猟家

標高900メートルの大町市中山高原は真夏でも風が爽やかだ。収穫したての野菜を抱えながら、草をはむヤギとヒツジを口笛で呼び寄せる児玉信子さん。「この子がサツキ、この子がシェリーです」。児玉さんはシェフであり、農家であり、狩猟家でもある。
キッチンに戻ると、手際良く料理を進める。自家製野菜やハーブ、ブルーベリーなど取れたてをふんだんに使い、化学調味料は使わない。「パワーがある食材はシンプルな味付けで十分おいしい。それを体験してほしい」という。
東京の大手タイヤメーカーなどを経て、青山のレストランに転職、夜間は調理師学校に通った。食べることが好きで、料理の組み合わせを考えることが楽しく、シェフを目指した。仕事は充実していたが激務で体調を崩す。一度は諦めかけたが、夢をかなえたくて渡米し、カリフォルニアのレストランで働いた。
祖母の死を機に帰国。両親が旧八坂村への山村留学事業に取り組む財団法人に勤めていた縁で2008年、大町に移住。自宅の1室などでレストランを開いた後、現在の場所を紹介され、11年に開店した。
同じ頃、地域では野生シカによる食害が増え、児玉さんの畑も被害に。猟友会に入り、わな猟の免許を取得。仲間で「美麻ジビエ振興会」を発足、解体所を作った。
解体の作業は3頭が集まったタイミングで、会員4人が夜に4時間かけて行う。女性唯一の会員で副会長の児玉さんだが、当初は解体がショックで、1年間は肉が食べられなくなるほどだったという。
それでも作業に携わるうちに、肉の良しあしが分かるようになり、料理のアイデアも湧いてきた。「適切に処理して部位の特長を生かすことが大切。捕獲して終わりではなく、命を料理にしていただくところまで責任を持ちたい」と思った。
同振興会が販売する野生肉は地元や東京、屋久島(鹿児島県)のレストランから引き合いがある。児玉さんはその一部を購入し、ステーキやカレー、ソーセージなどにしてレストランで提供している。
わなは2カ所仕掛け、毎朝、見回りに行く。振興会の仲間には20カ所仕掛けている人もいる。捕獲し解体した数は初年度の48頭から年々増え、昨年は持ち込みも含めて100頭余りに。この夏は野生イノシシの豚コレラ感染が拡大し、「発見したら素早く対処するしかない」。予断を許さない状況だ。
「本当は野菜中心の店にしたかったんですよ」。カリフォルニアで料理していた頃によく目にした西洋野菜。当初は近所で流通しておらず自身で無農薬栽培を始めた。
現在はトマトだけで10種類、ジャガイモ7種類など約120種類に。「ラビットの気まぐれパワーサラダ」は20種類以上の野菜に雑穀やチーズ、温泉卵を添えた自慢の1品。「皆さん、最初は量にびっくりするけれど、ぺろっと食べてくれる。旬の野菜で元気になってもらえたらうれしい」。

県の「信州ジビエマイスター」「おいしい信州ふーど(風土)名人」としても活動。講演や商品開発などを通し地域の魅力を発信している。
店名の「ラビット」はウサギの足跡が多いスキー場だったことなどにちなむ。冬季は休業するほか、市街地から遠い場所にあり、レストランとしては不利にも思われるが、「自分で育てた野菜を取ってきてすぐ出せるし、ヤギやヒツジも飼える。もっとおいしくジビエを料理しファンを増やしたい。ここだからこそできることなんです」。

【農園カフェラビット】大町市大町8295─48(中山高原)。午前11時~午後3時。火曜定休。℡0261・85・2120

(井出順子)


投稿者: mgpress