明科の「歌う養蜂家」尾澤さん ミツバチ愛し夢のせて歌う

「ミツバチの生命力をどう引き出すか。放っておいても手を掛け過ぎてもだめ。強引な管理では応えてくれない」
こう話すのは、ハチをこよなく愛し、毎日「ハチと対話する」思いで作業するという尾澤増富さん(34)。安曇野市明科七貴の、高瀬川と犀川に挟まれて連なる小高い里山のふもとにある「尾澤養蜂場」の3代目代表だ。
かつては音楽の道を夢見て、東京でプロミュージシャンを目指していた。地元に戻って養蜂の仕事の傍ら、「歌う養蜂家」をキャッチフレーズに、各種イベントや更生施設などでギター片手に歌う音楽活動も続けている。
「自然豊かな山紫水明の故郷で、家業と音楽の両方に励めることに感謝」と話している。

「心に届くように」重なる思い

8月12日、松本市の縄手通りで開かれた「なわてストリートパフォーマンス」で、尾澤増富さんはギターを抱えて20分ほど熱唱。スマートフォンで撮影したり、駆け寄るファンもいて、なかなかの人気ぶりに驚かされる。
尾澤さんが歌うのは主に、オリジナル曲「ウィーキャンフライ」「トレイン」のほか、イーグルスなど洋楽ロックの数々だ。本業が忙しい時期を除き、月1回程度のペースで地域のイベントで歌ったり、刑務所を慰問に訪れたり。「歌う養蜂家」への依頼は途切れることがない。

尾澤さんは、養蜂業を営む両親の嘉昭さん(74)、とみ子さん(67)の背中を見て育った。高校時代から家業の手伝いもしてきたが、夢は「音楽の道」。生来歌が大好きで、中学3年の時に松本市のミュージックスクールに通い、ボーカルを習う。
池田工業高校を卒業後、親の反対を押し切って上京。音楽専門学校を経て、個人レッスンの師匠に弟子入りし、音楽事務所に所属してアルバイトをしながら、ミュージシャンを目指した。ジョニー大倉さんのCDでバックコーラスも務めたこともある。
28歳の時、気が付けば上京して10年。「好きなことを10年もやらせてくれた親父に、そろそろ親孝行したい。音楽は自分の生きる力。死ぬ気で頑張った10年を糧に、音楽活動はどこにいてもできる」と確信し、帰郷。生まれた時から生活の一部だった養蜂業に本格的に取り組み始めた。
今は増富さんを中心に、一家総出で家業を切り盛りしている。東京で知り合い、結婚当初から養蜂業への理解を深め、音楽活動も後押しする妻の未希さん(35)は、長男の要(かなめ)ちゃん(4)、長女のあさひちゃん(4カ月)を育てながら手伝う。

ハチとの対話ライブと同じ

尾澤さんが飼育するのはセイヨウミツバチ。自宅の裏庭のほか、明科周辺で9カ所、越冬のために愛知県の知多半島に蜂場を持ち、巣箱200箱、約1000万匹を管理している。
ミツバチの社会は、産卵能力を発揮する1匹の女王蜂、蜜や花粉を集める働き蜂、交尾飛行で生殖の役目を果たす雄蜂の3種類で構成する。
12月後半~3月は知多半島へ巣箱を運び、冬越しをする。「強風で巣箱のふたが開き、雨ざらしになってはいないか」が気がかりで、餌やりも兼ねて越冬期間は5回ほど足を運ぶ。現地での蜜や花粉源は梅や菜の花だ。越冬から戻り、花の豊富な春先から、働き蜂たちは蜜や花粉を盛んに集める。5月中旬から7月中旬は蜂蜜の収穫作業。蜂蜜は、巣箱の中の蜜の詰まった巣枠を取り出し、遠心分離器にかけて採取する。
8月は、ハチに餌を与えるのが主な仕事だ。天敵のオオスズメバチや熊から守るため、捕獲器や電気柵も設置。ミツバチは「人間が攻撃しなければ、めったに刺さない」というが、暑くても、防護のため網が顔を覆う「面布(めんぷ)」をかぶり、ハチを落ち着かせるという薫煙器の煙をハチにかけて作業する。
ミツバチは蜜採取だけではなく、作物の受粉に関わる大切な生き物だ。温暖化や農薬の問題からミツバチを守りたいとも願う尾澤さん。11月の中頃、ハチの3分の2を花粉交配用として販売する。

ミツバチに対する時、「ライブでお客さんに接している時の思いと重なる」と尾澤さんは言う。「こちらの思いがハチの心に届くように心掛けている。健康なハチを育て高品質な蜂蜜を生産したい」と意欲を燃やす。
尾澤さんが扱う蜂蜜は「春の百花」「アカシア」「夏の百花」の3種。自宅のほか、市内の堀金物産センター、ファーマーズガーデンあかしな、マルシェ常念で販売している。問い合わせは尾澤養蜂場電話62・2639

(平林静子)


投稿者: mgpress