孤月会150回の節目 「幻の画家」「悲運の画家」 松本市出身・西郷孤月を顕彰

発足26年 情報の少なさ発掘難しく

明治期の日本画家で松本市出身の西郷孤月を顕彰する孤月会(杉浦良和会長)は8月28日、松本館(同市丸の内)で例会を開いた。会の発足から26年、この日の例会が150回の節目となった。作品以外に遺品などの資料が少なく、「幻の画家」「悲運の画家」と呼ばれた孤月。時代が下るにつれ、ますます新たな情報の発掘が難しくなる中、今後、会の活動をどう展開させていくか、模索が続いている。

筒井さん講演

28日の例会は、会員の陶芸家で日本工芸会正会員、筒井廣明さん(67、安曇野市穂高)が「陶芸への道」の題で講演した。
筒井さんは、石川県小松市で4年間、九谷焼の修業をし、京都で陶芸界の巨匠に師事した20代の頃や、安曇野市に窯を開いた頃の苦労話を披露した。本場中国の白磁や青磁に魅せられ、のめりこんだという。
筒井さんの作品は国内外の展覧会で数々の賞を受け、伊勢神宮に奉納されたり、米ロサンゼルスの美術館に収蔵されるなどしている。京都での修業のとき、師匠から「独自のものを作りなさい」と言われたことを胸に、「これからも新たなチャレンジをしたい。(白磁の)茶わんやつぼなどで『黒いもの』を作ってみたい」と抱負を話した。
毎年8月は孤月忌(31日)例会として開いており、今回は11人が参加。杉浦会長(77、松本市小屋南1)が般若心経を唱え、故人の冥福を祈った。

再評価訴えて

孤月会は1993年5月、会長となった吉野俊さんや武藤清晏さんらが、孤月の生誕120年を機に立ち上げた。年にほぼ6回の例会を開き、市民の間でも忘れられがちだった孤月の再評価を訴えてきた。
その成果もあり、松本市美術館で2008年に孤月生誕135年記念展、12年には没後百年記念特集展示が開かれた。会は没後100年の13年、孤月の顕彰と再評価の集大成として「孤月研究ノート」を刊行した。
吉野さんは16年1月、89歳で逝去。その後、杉浦さんが2代目会長に選ばれ、同年12月の139回以降ほぼ年4回、例会を開催。孤月作品の鑑賞、資料などの情報収集や意見交換をしてきた。
最近の例会では、松本市出身の彫刻家・太田南海(146回)、芳川村(現松本市)出身の洋画家・関四郎五郎(148回)ら孤月以外の作家を取り上げるなど、活動の幅を広げようとしている。
「(孤月の)絵そのものが少ないし、新しい情報もあまり出てこない」。杉浦会長は、孤月研究の悩みをそう打ち明ける。一方で、資料が少ない孤月については中央メディアからの問い合わせもあると説明。「せっかく続いてきた会。孤月の勉強を中心に据えつつ、(他の作家でも)地域の良い作品があれば、多くの人に知らせる努力をしていきたい」と話している。

【さいごう・こげつ】1873(明治6)年松本生まれ。89年、横山大観、下村観山らとともに東京美術学校の第1期生として学び、同校の助教授に。98年、岡倉天心が同校を辞任するのに従い辞職、日本美術院の設立に尽力した。大観、観山、菱田春草とともに「橋本雅邦門下の四天王」と呼ばれた。離婚などを機に放浪の生活を送り、1912(大正元)年、台湾に渡ったが病気で帰国、東京・本郷の自宅で38歳の若さで逝去した。

(矢﨑幹明)


投稿者: mgpress