“伝説”のシェアハウス再び 白馬 神城断層地震で崩壊の跡地に

白馬村神城の城嶺神社元宮がある小山の麓に、長方形の土台に切り妻屋根が載った小さな家が完成間近だ。かつてここには、白馬村に魅せられたスキーヤーや登山者など多くの若者が寝泊まりし、「羽山邸」と呼ばれた“伝説”のシェアハウスがあった。しかし、その建物は、2014年の神城断層地震で崩壊、更地になっていた。
そこに再び家が建つ。新たな建物を建てているのは、羽山邸のあるじでモーグル選手だった羽山菜穂子さん(51)と、スキーや登山を通じて羽山さんの「人間力」に引き寄せられた仲間たち。その一人、1級建築士の島田真弓さん(36、安曇野市豊科南穂高)が設計などを取り仕切る。
10日に上棟式が行われ、仲間ら約40人が参加。生まれ変わる建物の完成を待ちわびている。

人が集まれる場所をもう一度
伝説のシェアハウス「羽山邸」跡地に新たな家 白馬村

スキーや登山の仲間集い住人に

建築中の家は、木造平屋24・8平方メートル。181平方メートルの土地に建つコンパクトな建物だ。土間と板の間があり、シャワーとトイレを完備。飲食店を営業できる厨房(ちゅうぼう)も備える。
当初予算は300万円!設計を担当したのは、安曇野市で設計事務所「マイグラント」を構える島田真弓さん。「羽山さんのことが好きで、羽山邸跡地にもう一度人が集まれる場所を再建したいという思いに共感した」と、利益は度外視して仕事を請け負った。「必要最低限の機能を備え、多くの人が寝泊まりできるように設計した」と話す。

山岳ガイドやヨガのインストラクターなどをしている羽山菜穂子さんは羽山邸の元あるじ。千葉県出身で大学卒業後、スキーのモーグル競技にどっぷりとはまり、頻繁に白馬村を訪れた。「競技に専念したい」と1996年、28歳で会社を辞め同村に移住。その翌年、後に羽山邸と呼ばれる築30~40年の一軒家を借りた。
競技に打ち込んだ羽山さんは、長野五輪金メダリストの里谷多英さんや5大会連続五輪に出場した上村愛子さんらと同じ大会で競うなど日本トップレベルの選手になった。30歳のときのけがで競技から退くと、興味は山スキーや登山に向いた。特に登山では、17年にエベレスト登頂を果たした。
白馬村に移住してからスキーや登山に真剣に向き合った羽山さんの周りには、多くの仲間ができた。そして大勢で「わいわいやる」ことが好きな羽山さんは自宅に仲間を集め、寝泊まりするように。仲間が仲間を呼び、いつしか自宅はシェアハウスになった。多いときには一度に約20人が暮らし、延べ約50人が住人になったという。

資金の不足分はみんなでやろう

2018年9月、北海道知床半島のツアーで羽山さんは島田さんと出会う。しばらくして羽山さんは「羽山邸の跡地に新たな小屋を建てたい」という相談を島田さんに持ち掛けた。土地と建物は、地震の4、5年前購入していた。
資金は羽山さんと10年来の友人、忠田圭史さん(71)が出すという。大阪府枚方市に自宅のある忠田さんは、2年前から白馬村で半年以上暮らすようになり、村での拠点がほしかった。
しかし、最初に島田さんに示した300万円では、いくら何でも資金が足りない。そこで島田さんが考えたのは「できる限りのことは自分たちでやる」。図面は島田さんが描き、基礎、電気、ガスなどの業者は知人のつてで紹介してもらい、大工仕事は羽山邸の元住民の後輩、青山浩之さん(35、白馬村)が協力することになった。
結局、当初予算はオーバーしたもののある程度めどが付き、7月に着工。基礎工事が終わってから青山さんを中心に、島田さん、島田さんと設計事務所を共同経営する寺田和彦さん(35)、忠田さんらが「仕事の合間に」作業をし、上棟式までこぎ着けた。
島田さんは「羽山さんの思いをかなえられた以上に建築家として、実際の作業に携われたことはいい経験になった」と満足している。
建物は年内に完成予定。基本は忠田さんの自宅だが、忠田さんは「羽山さんのことだから大勢の仲間を連れてくる。寝る場所がなくなったら自分は屋根裏で寝ます」。
羽山さんは「羽山邸は青春の塊。その場所に新たな家が建ち、感謝しかない。人との出会いで今の私があり、この場所で多くの人が出会ってほしい」と望んでいる。
(浜秋彦)


投稿者: mgpress