85歳でキリマンジャロ登頂

松本の八木さん最高齢記録への挑戦は?

85歳でアフリカのてっぺんに立った―。
9月、キリマンジャロ(5895メートル、タンザニア)登頂に松本市奈川の八木荘六さんが成功した。日本航空国際線の元パイロット。長年、空から世界中の大地を見下ろしてきた男が、今度は地面を踏みしめてアフリカの大地を一望した。
若い頃から山好き。日本の「百名山」の半分は登頂し、6000メートル級も経験済みだ。今回は「能力がどれだけ残っているか」という自分への挑戦だった。
きっかけは70代だった2010年、テレビで見たキリマンジャロの特集番組。登頂者の最高齢記録が82歳(当時)と知った。「そのくらいの年になったら記録に挑戦したい」。そう心に秘めた。
ただ、世界には同じ「野心」を持った人がほかにもいた。果たして最高齢記録は―。

アフリカの友たちに支えられ   

「体力的にもそろそろかな」。八木荘六さんがキリマンジャロ登山を決意したのは昨年11月。2010年時点の最高齢登頂の記録82歳が85歳に塗り替えられていたのを知った。今から準備すればタイ記録は可能―。そう思った。
今年3月、具体的な登山プランを立てるため旅行会社などを当たったが、どこもツアーでは70歳以上は参加できないことが判明。その後約2カ月かけてタンザニアの旅行ガイドの会社を探し出し、契約にこぎ着けた。

8月30日、1人で成田空港を出発。31日にキリマンジャロ山麓で最も大きい都市で、契約した会社のあるモシ市に到着。そこでガイド1人、ポーター4人、コック1人を雇った。
八木さんは北東部山麓からの「ロンガイ・ルート」を選択。現地時間9月1日、標高2300メートルの登山口から登り始めた。道は比較的なだらかだった。「さっさと歩く癖があった」という八木さんに対し、ガイドは「とにかくゆっくりと」と指示。1、2、3次キャンプを経て、3日後、標高4720メートルにある最終キャンプ地「キボ・ハット」に到着した。
午後11時ごろ起床。紅茶とビスケットで腹ごしらえを済ませて、翌5日午前0時から山頂へのアタックを始めた。気温は0度前後。周囲は真っ暗で、ヘッドランプを付けたが足元が見える程度だ。記録用にビデオカメラを回したが、後日確認したら何も映っていなかった。
一気に急峻(きゅうしゅん)になった坂をつづら折りに登り、岩場を抜けて、午前5時40分、火口縁のピーク「ギルマンズ・ポイント」(5681メートル)に到着。そこで御来光を拝んだ。それからさらに約2時間歩き、午前7時45分、最高地点「ウフル・ピーク」にたどり着いた。
夜が明けた山頂から見えたのは、広大なアフリカ大陸を覆う壮大な雲海が広がる光景。八木さんは「登頂した瞬間は、ありきたりの『やったぞー』という感想ぐらいしか出てこなかった。ガイドが教える通り、ゆっくり歩いたおかげで高山病にもならなかった」と振り返る。
山頂に10~15分滞在し、下山開始。キボ・ハットまで下って仮眠。予定ではその日の午後5時までに標高3600メートルの「ホロンボ・ハット」に到着しなければならず、時間がない。体力が限界近くになった八木さんは、過去に骨折したことがある腰と背中が痛みだし、20分歩いては休憩の繰り返し。それでも嫌な顔一つせず、温かく見守ってくれたガイドらの励ましに背中を押され、最後の力を振り絞りゴールにたどり着いた。

5泊6日、夢のキリマンジャロ登山が終わった。アフリカ人と初めて寝食を共にした。その友人たちから、登山は自分の体力を把握し、いかに安全に、楽しく登るかが大切だと教わった。アフリカ人の心の優しさや豊かさも胸に染みた。「登山が成功した以上に、そういう思い出ができたことがうれしい」と話す。
一方で、「今回の登山はこれまでで一番つらかった。年ですね」とも。山を登っている時、妻雅子さん(65)からの「生きて帰ってきて」の言葉が何度もよみがえった。
八木さんは現地で、一足先に89歳の米国人女性がキリマンジャロ登頂に成功したことを知り、念願の最高齢タイ記録は果たせずに終わった。定年退職して奈川に移り住んで26年。「しばらくは近場の山をゆっくりと歩きたい」。そう言って穏やかな表情を見せた。

(浜秋彦)


投稿者: mgpress