【シェフズ・ストーリー】パーラー燕・三森雄太さん 地域に愛される店に

大好きな街に自分の手で店を

ランタン風の照明が窓の奥にぼんやり見える。どこか新しくてどこか懐かしい雰囲気の店「パーラー燕(つばめ)」。安曇野市豊科で唯一のフレンチビストロだ。
オーナーシェフの三森雄太さん(33)が腕を振るうのは、“フランス料理をベースにした居酒屋のつまみ風”の品々。お供は「安曇野の食材に合う優しい味」のフランス産ビオ(自然派)ワイン。
建物は以前、居酒屋だった。酒の銘柄が書かれた木札が並び、大きな岩の飾りや小上がりで仕切られた座席が残る、純和風のしつらえ。それを自身の手で3カ月かけて改装、9月にオープンした。
「豊科に根差し、地域の人に必要とされる店にしたい」。北アルプス・燕岳で出会った妻の弘恵さん(31)とともに、思い出の山の名前を冠した店に夢を託す。

地元食材が彩る本格的な味提供

上質のフォアグラを取るために育てられた鴨の肉「マグレ・ド・カナール」や、フランス産「シャロレー牛」といった高級食材を取り入れ、地元で取れた野菜や果物が彩りを添える─。それが三森雄太さんの料理だ。
「仔羊の鞍下ロース(ヒレ肉)のたたき」(1320円)、「マッシュルームと緑の葉のサラダ」(660円)…。「親しみやすさがあり、かつ本格的な味を提供したい」と、お手ごろな料金設定にした。

松川村出身。大町高校(現大町岳陽高校)を卒業後、刺激やモノにあふれる東京に魅力を感じ上京。フリーターをしながらバンド活動に熱中した。20歳の時、都内の人気レストランで働いたのが料理人としての始まりだ。その際、フランス料理の基本を学んだ。
だが、2年ほどで大都会に息苦しさを感じるようになり、帰郷。高校登山で登ってから好きになった北アルプス・燕岳にある「燕山荘」で3シーズン、アルバイトをした。そこでアルバイトをしていた大阪府出身の弘恵さんと出会った。
「自然豊かで野菜も果物も豊富。それまで当たり前だったことの良さを再認識した」と雄太さん。下山後はホテルなどで働いた後、安曇野市のレストラン「ラトリエ・デ・サンス」に勤め、米国や仏で公邸料理人を務めていたシェフ足立史樹さんの下、副料理長として腕を磨いた。
その時から豊科に住み始めた雄太さんは、個性的な飲食店が多いと感じていた。そのうち知人も増え、街が大好きに。独立しようとは考えていなかったが、友人の勧めで「これまで培ったもので始めてみよう」と思い、昨年、独立を決めた。
「なるべく自分の手で店を作りたい」と、店舗改装にも携わるグラフィックデザイナーの伊藤隆之さん(50、穂高)に相談し物件探しに着手。純和風だった現在の建物は最初、抵抗があったが、かつてデザイン関係の仕事をしていた弘恵さんは「変えられる」。合成写真でモダンなイメージを提案、雄太さんの背中を後押しした。
6月1日から改装を始め、ブロック塀をドリルで壊し小上がりも撤去。使える古材は活用しながら工事を進めた。しばらく閉店していた物件に手を入れ始めると、「何ができるの」と様子を見に来る住民も。初めての経験に不安だらけの中、3カ月間、休まず作業した。
「床板やタイルがどこに何枚必要か、すぐ計算できる。それが、仕事の速さや食材の組み合わせが問われる料理人としてのセンスにもつながっているのでは」。伊藤さんは雄太さんをそう評する。

手作りで立ち上げた自分の店。店名の「パーラー」は、フランス語で談話室や客人をもてなす場所の意味。「燕」は、軒先に巣を作ると縁起がいいとされているツバメと、三森さん夫婦が出会った燕岳にあやかった。
今では週末の夜は予約でほぼ満席に。松本方面から訪れる客も増えてきた。
「豊科でフレンチベースの店を出せたことに誇りを持ちながら頑張っていきたい」。雄太さんは、大好きな街の魅力の一つに自分の店を加えたいとの思いを胸に、シェフとしての新たな道を歩む。

パーラー燕 午後2~10時(平日)、午前11時半~午後10時(土日祝)。水曜、第3火曜定休。安曇野市豊科4345─9℡55・0273
(井出順子、撮影:佐藤大史)


投稿者: mgpress