2020.11.19 日本地域情報コンテンツ大賞・タブロイド部門で2年連続優秀賞

【ガンズリポート】反町監督広めた「サッカー見る文化」

12~19年本紙山雅担当 長岩将弘

「君子三変」という言葉が論語にある。ひとかどの人物は、おのずと3つの印象を周囲に与える。見た目に威厳があり、接してみると温かく親しみやすく、語る言葉は厳正で鋭い─。孔子の弟子である子夏が、師を評したものという。2012年の秋に前任者から山雅を引き継いで以来、反町監督に抱き続けてきた印象だ。
公式戦直前の完全非公開日を除き、練習後に希望すれば必ず、報道陣の囲み取材に対応してくれた。時に雑談のほうが盛り上がってしまうこともあったが、日々、貴重な時間を割いてくれたことには感謝しかない。
そんな指揮官の磁性を帯びるように、選手の報道対応も丁寧だった。負けが込んでいても、ブーイングを浴びた試合後でも、その時、その人にしか語り得ない思いを真摯(しんし)に言葉にし、紡いでくれた。監督は、選手がピッチ外でも「プロ」として振る舞う集団をつくり上げた。
山雅ファン(特に中高年の)には、世界的なスター選手や日本代表はよく分からないが、山雅の若手選手は知っている、という人が割と多い。ワールドカップに沸いた14、18年は「代表より山雅が大事だよ」と冗談めかす人もいた。いや、両年ともJ1昇格を決めたことを思えば、冗談ではなかったか。
「反町監督のおかげでサッカーの面白さや難しさを知った」「山雅を応援し始めて日々の楽しみができた」─。そんな言葉を老若男女から聞くたび、監督の一番の功績は、山雅が松本に興した「サッカーを見たり応援したりする文化」を、隅々まで広めたことだとつくづく思う。
2度のJ1残留への挑戦はついえたが、監督の功績を減ずるものではないだろう。Jクラブはおろか、プロスポーツの取材さえ初めてだった記者も、多くを学ばせていただいた。個人的には「3度目の正直」を見たかった。
それでもクラブの挑戦は続く。反町監督や、ファン・サポーターたちの人生も然(しか)りだ。それぞれの道がまたいつか、幸せな形で交わることを心から願っている。