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「東京五輪」へ いざ勝負の年

柔道家の出口さん、篠原さんに聞く

中信が誇るメダル候補が、2000年シドニー五輪銀メダリストから「一本!」─。「2020東京オリンピック」の年が幕を開けた。
塩尻市出身の出口クリスタさん(24、日本生命=松商学園高出)は、昨年8月に東京で開かれた世界選手権の女子57キロ級で金メダルを獲得。東京五輪カナダ代表の最有力候補だ。
世界選手権でも数多くのメダルを獲得した柔道家の篠原信一さん(46)は、18年に「信州の自然環境が気に入った」と、安曇野市内の古民家を購入。2年後の定住に向けて、準備を進めている。
勝負の年を迎えた出口さんと、大舞台の経験豊富な篠原さんに語り合ってもらった。

松商高出身 出口クリスタ 「出場目指し戦う」
シドニー五輪銀メダリスト 篠原信一 「心の強さが大事」

篠原 (以下敬称略)昨年の世界選手権優勝おめでとうございます。強かったね。優勝で一皮も二皮もむけたでしょ。
出口 (同)そう思ったんですけど、ワールドマスターズ(昨年12月、中国)で初めて(世界王者が付ける)赤ゼッケンを背負って試合したけど、初戦敗退でしたから。まだまだです。
篠原 いよいよ東京五輪。今の心境はどうですか。
出口 どうしても五輪に出たくて、自分は20、21歳のときにカナダ代表として戦うことを決意した。そこまでして目指した五輪。まだ選考会があるので分からないが、まずは出場したい。
篠原 代表になることを前提に、本番までどんな稽古をしていくの。
出口 初めての経験で手探りの状態。けんか四つが苦手なのと技数が少ないのが課題です。五輪は「魔物がいる」と聞くので、そこを克服しないと。篠原さんは、層の厚い日本代表を勝ち取ったときに「やり切った」という気持ちになりませんでしたか。
篠原 僕は重量級でしょ。当時は断トツだったからね。とはいえ、棟田康幸とか強い選手はいた。五輪まで1回も負けずにいこうと思っていたので、選考会は通過点だった。

出口 (「世紀の誤審」と言われたシドニー五輪決勝について)人間が審判をしているから誤審はあると思うが、篠原さんは審判を恨みますか、自分を恨みますか。
篠原 審判は公平。だから審判を恨むというより、自分自身の未熟さ、心技体の心ができていなかったのを強く感じた。あの試合の後、ふと思った。「内股透かしの後、なぜ気持ちを切り替えられなかったのか」と。(現日本代表監督の)井上康生や(五輪3大会連覇の)野村忠宏だったら、同じことがあっても、もう一度投げ返している。五輪で金メダルを取る選手はそれくらい心が強い。
出口 五輪に向けて一生懸命、練習したのになぜ心だけ成長しなかったのですか。
篠原 ひたすら心が弱かったということ。生まれ持った「びびり」という性格。びびりだからこそ、もっと追い込んだ稽古をしておかなければいけなかった。

出口 自分がカナダ代表になることを決めたときから(そのことへの)批判の声はあって当然だと思っていた。それを乗り越えないと話にならない。今は雑音でしかない。
篠原 それでいい。カナダ代表になって「勝つからね」ということをもっと発信したら?その分、自分を追い込んだ稽古ができる。
出口 日本代表で五輪に出るのが一番良かったと思うが、それをしなかったのは自分が弱いせい。ただ間違ったことをしているとは思わないので「クリスタ・出口」として頑張っている姿を日本の人に見てもらいたい。
篠原 出口がカナダ代表で出て、日本でやってきた柔道で金メダルを取ったら「日本柔道」がもっと世界に広まる。
出口 柔道は知ってはいても、興味を持っている人は少ない。でも大会になると「メダルは取ってこい」となる。世界にはモデルをやっている女子選手もいる。柔道を広めるにはそうした活動も必要では。
篠原 自分がテレビに出始めたときは「全日本の監督までやって、かぶり物をして恥ずかしくないのか」と言われた。でも「あの人柔道やっていたのか」「強かったのか」と興味を持ち柔道を見る。そして1人でも「格好いい」と思ってもらえたらそれでいい。

【でぐち・くりすた】1995年、塩尻市出身。3歳のときに誠心館道場(同市広丘吉田)で柔道を始める。松商学園高1年時の全国高校総体52キロ級で優勝。山梨学院大1年時の14年世界ジュニア選手権57キロ級銀メダル。2017年3月にカナダ代表として東京五輪を目指すと公表した。18年世界選手権銅メダル、19年世界選手権金メダル。160センチ。

【しのはら・しんいち】1973年、青森県出身。天理大卒。旭化成時代の99年世界選手権で2階級(100キロ超級、無差別)制覇。2000年シドニー五輪100キロ超級決勝でドイエ(仏)への内股透かしが相手ポイントとなり銀メダル。03年現役引退。08~12年日本男子代表監督。現在は奈良県に在住し、安曇野市に月数回訪れている。

(浜秋彦)