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都内から移住松本市岡田の川邊さん夫婦 リンゴ園経営新たな挑戦も

リンゴ園軸に新事業展開へ
信州よこや農園 松本市

のどかなリンゴ畑が残る松本市岡田。市街地化が進み、田園風景が徐々に減っていく中で、東京でのサラリーマン生活をやめ、リンゴ栽培の世界に飛び込んだ若い2人がいる。
川邊謙介さん(34)と明日香さん(33)夫婦。岡田では、明日香さんの母方の祖父がリンゴを栽培してきた。その跡を継ごうと2016年に移り住んだ。
農業はまったくの素人だった2人。祖父に教わりながらと考えていたが、移住からほどなく祖父が他界。地元の先輩農家やJA指導員から教えてもらいながら栽培に取り組む。今では、祖父が残した畑だけでなく周辺のリンゴ園も借りるなど規模も広げている。
倉庫をゲストハウスに改築して宿泊業も始めたほか、リンゴの木のオーナー制度も計画中。2020年も挑戦の日々が続く。

祖父の畑継ぎ周囲の力借り

川邊謙介さん、明日香さんが営むリンゴ園は「信州よこや農園」。「よこや」は、松本市岡田でリンゴを長年栽培し、86歳で亡くなった明日香さんの祖父、小林光男さんの屋号が由来だ。
受け継いだ畑は0・3ヘクタール。現在は別に3つの畑を借りており、栽培面積は1・6ヘクタールに上る。リンゴの品種は、ふじ、シナノスイート、シナノゴールド、シナノレッド、つがるなど10種ほど。昨年は30トンほどを収穫した。

謙介さんは岩手県出身。かつて都内でシステムエンジニアの仕事をしていたが、都会生活が肌に合わず、子どもが生まれるタイミングで移住を決意。岡田には明日香さんの祖父が1人で暮らしていて寂しいだろうなとの思いもあり、移住先に決めた。
「リンゴ栽培は肉体労働で大変。そんなにもうからないから、やめたほうがいい」。リンゴ園を受け継ごうと決めた際に、光男さんから出た言葉だ。しかし、2人は「せっかくだから頑張りたい。やってみて駄目なら考えよう」と飛び込んだ。
ノウハウを教えてもらう機会もほとんどないまま光男さんが亡くなり、途方に暮れた2人だったが、近所のリンゴ農家らの力を借りて栽培に挑戦。何よりも「道半ばでやめたくない」との思いが強かった。「やるだけやってだめなら、祖父にあの世で会ったとき、言い訳ができるんじゃないかな」と謙介さん。
岡田に住む小林薫さん(80)は、川邊さん夫婦にリンゴ園90アールを貸している。別の仕事をしながら50年以上前からリンゴを栽培。退職を機に60歳から本格的に向き合ってきた。従来のわい化よりもさらに樹高を抑え、木の間隔を狭めることで単位面積あたりの収量増を図る「新わい化栽培」にも取り組んでいたが、妻が病気で倒れたのを機に川邊さん夫婦に園を託した。
「7、8年前に新わい化に切り替えた。これから収量がどんどん増えていく。これから若い人が農業をやっていくには、条件がよくないと大変。応援する気持ちもあり、川邊さんにお願いすることにした」と小林さん。

倉庫を改築し宿泊業を開始

都会から移住して、リンゴのある風景に感動した川邊さん夫婦。「なじみのない人、特に外国人には楽しい眺めではないか」と宿泊業にも挑戦。当初は母屋でやっていたが、2人目の子どもが生まれたのを機に、倉庫を改築。昨年4月から新しくスタートを切った。
外国人も意識し、畳敷きの部屋にして冬はこたつを置くなど「日本風」を重視。タイやシンガポール、台湾、香港などアジアからの宿泊客が多く、オーストラリア、フランス、カナダなどからも足を運ぶ人がいる。
8~11月には、収穫作業と周辺観光を組み合わせたリンゴ狩りツアーも。外国人の多くは日本のリンゴのおいしさに驚き、栽培方法に興味を示す人もいるという。
ツアーは、宿泊客以外も受け入れている。「日本のリンゴのおいしさの秘密など、栽培方法なども伝えられたらいい。リンゴ園をやっているゲストハウスならではの取り組み。今後、ゲストハウスのメインにしていきたい」と謙介さん。
無人のリンゴ販売所やジャムなど、さまざまな取り組みを模索する信州よこや農園。外国人向けに、実がすべて自分のものになるリンゴの木のオーナー制度も計画する。
「リンゴ園を軸とした事業展開で収入を増やし、持続的な農業ができたら」。川邊さん夫婦の視線の先にあるのは、次代を見据えたリンゴ園経営だ。

(八代けい子)