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松本の暮らし支え175年…小売り営業終了 常連客ら名残惜しむ

陶磁器専門店「知新堂」 松本市

江戸時代後期の弘化2(1845)年から令和2年まで、175年にわたり店を構えてきた陶磁器専門店「知新堂」(松本市中央2)。商都・松本の暮らし、経済、文化を支え、今月末をめどに小売り部門の営業を終える老舗には常連客らが足を運び、名残を惜しんでいる。
「私たちは美と文化を売ってきた」。そう自負するのは会長の横沢徳人さん(85)だ。
知新堂はかつて中町で袋物店を営み、1874(明治7)年に本町に移転した後は印刷業も手掛けた。戦後の紙不足を受け、4代目社長だった徳人さんが「母が茶道をやっていたから」と、1946(昭和21)年に陶磁器店に転換。当初は茶道具や花器が中心だったが、徳人さんが「品ぞろえを増やそう」と、妻の正恵さん(80)と2人で九谷焼や有田焼など陶磁器の産地を回り、国内の有名メーカーを中心に仕入れた。
最も売れたのは昭和の高度成長期。当時、陶磁器ブランド「ノリタケ」もこの辺りではまだ珍しく、正恵さんは「近所の母親たちが集まり、うちで買ったティーセットでお茶を飲んだりしていたの」と懐かしむ。陶磁器メーカーからも「松本は文化レベルが高いせいか、高価な陶磁器がよく売れる」と評されたという。
店舗は、2度の建て替えを経て現在のビルに。2001年には、5代目社長の横沢敏さん(56)が人気を集めていた生活雑貨店に着目、ライフスタイル系雑貨店のフランチャイズ「私の部屋」を店内西側にオープンした。
だが、陶磁器需要の減少、ネット通販の台頭、ライフスタイルの変化などで売り上げが低迷。法人向けの卸売りは続けるものの、ビルのテナント賃貸業を軸にすることに。
「知新堂は松本の一つの『顔』。地域にとっても痛手です」。常連客で閉店セールに足を運んだ福田雅春さん(48)はそう話し、応対した従業員に感謝の言葉を掛けていた。

(嶋田夕子)