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「生き方論」で心もさっぱり 顧客と語る理容師

髪をカットしたりセットしたりする間のちょっとした会話。それが「生き方論」だったら…。
松本市寿北5でヘアサロン「カットポイント16」を営む江田弘克さん(62)。客と交わす会話の多くが、まさに「生き方論」だ。モットーは「自分のペースで今を楽しみながら、自分を生きること」。そんな江田さんの店には、話だけをしに来る人もいる。
「現代は人間関係に疲れ、生きづらさを感じている人が多い」と江田さん。はさみを動かしながら「固定観念や通例から自分を解き放っては」「自己肯定感は自身の至らない点も認めてこそ完全になる」などと助言する。
髪を切るだけではなく、江田さんの生き方に共鳴する人が集う店を訪ねた。

今を楽しみ自分を生きる
ヘアサロン「カットポイント16」 江田弘克さん
通説とらわれず 「考え方」を共有

ヘアサロン「カットポイント16」店主の江田弘克さんは上松町出身。都内の理容専門学校に通い、ホテルオークラ内にあった理容室などで7年間働いた。「ジョン・レノンのロングヘアをばっさり切ったこともある」。25歳で松本駅前の大通り沿いに出店。2年前に現在の場所に店を移した。
店内は茶と赤を基調にまとめたインテリアにシャンデリアが飾られ、ゆったりとジャズが流れる。
カットに訪れていた郷津晴三さん(70、松本市中山台)は創業以来、江田さんの店に通っている。「2人で『生き方論』を語るのが楽しい。『先々ばかりを心配しても仕方ないよね』とか、いろいろな話をする」。江田さんも、災害などを考えると「無事に一年を過ごせるのは奇跡」とし、人生観は「今この瞬間を楽しむこと」と応じる。
「通説」を疑うことを大切にしたいという江田さん。例えば「相手は自分を映す鏡」という言葉。対人関係でうまくいかない時、相手の振る舞いについて「何か自分に非があるのでは」と思い悩む人も多い。そうした人には「単にその人と『周波数が合わないだけ』と割り切ればいい」と助言する。
それは家族や身内も同じ。親だから子だからそうあるべきだといった「世間的な常識」を、まず疑ってみる。「自身が作った『親の理想像』に苦しめられている人が多い。生き生きしている自分の姿そのものが、周囲の手本になる」と話す。
江田さんの「生き方論」は、趣味の一人旅でヒントを得ることも少なくない。
三重県伊勢市を旅した時のこと。大量のカキを前に、たった一人で殻むき作業をしている人に出会った。江田さんは気の毒に思い、声を掛けたところ、その人は「(カキの)山を見るからできない。目の前のものを一つ一つ丁寧に片付けていけばいいんです」。その言葉にハッとした。
旅先などで得た「考え方」を客に話し、共有したり会話を通じて深めたりする。それが江田さん流の「心を軽くする生き方論」だ。

理不尽な実体験 生き方を考える

顧客と「生き方論」についてトークをし始めたことに、これといったきっかけはない。ただ、悩みを打ち明けられたり、相談されたりするうちに自然とそうなったという。
江田さんは子どもの時、養父から虐待を受けた経験がある。「人生には理不尽なことが起きる」。それを実体験してきたことが、常に「生き方」に考えを巡らしたり、「自分のペースで今を楽しみながら自分を生きる」というモットーにつながったりしている。

江田さんのモットーは、2年前の店舗移転の決断にも役立った。
そのころ、江田さんは足にやけどを負い、片足切断の危機に直面していた。敗血症にかかり、命を落とす危険もあった中で、「切断はしない」と決め、医師を説得。結果的に足は切らずに済んだ。自分のペースを大切にしたいと、入院中に店の移転を決め、人出が多い駅前大通り沿いから現在地に移った。
以前からの顧客の中には移転後も通ってくれる人も。もともと男性客が多かったが、江田さん流の人生相談が受け、女性客も増えた。
店へ足を運んでくれた人に楽しんでもらえる「カットプラスアルファ」の店を目指す。店の客を招待し、定期的に店内でコンサートなどの催しも開いている。
「理容師は、人と話ができる最高の仕事、天職」。江田さんが大切にしている「自分が楽しむ」姿も、生き方論と同じく客の心に響いている。
(嶋田夕子)