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四賀の本陣有志が改修

殿様気分で宿泊交流体験拠点に

立派な大黒柱、屋根のてっぺんまである高い吹き抜け、2階にはかつて殿様が使ったという続きの座敷…。ただただ圧倒され、「すごい!」という言葉しか出てこない。
松本市四賀地区の保福寺町。江戸時代、参勤交代で上田方面へ抜ける松本藩主が利用した宿場として栄えた。そこに残る旧本陣が小澤家の屋敷だ。この立派な建物をゲストハウスにリノベーションして活用しようと、住民有志らでつくる「アグリツーリズム協議会」が改修を始めた。
人口減少が進む中、棚田を復活させる取り組みを始めたり、個性的なカフェを開く動きが進んだりと、さまざまな試みが続く四賀地区。リニューアル後の「本陣」は、交流人口拡大の新たな拠点として期待されている。

地域の盛り上げに生かしたい
本陣小澤家 松本市四賀地区

大正2年復元目引く太い材

「中に入ってみてください」。アグリツーリズム協議会の代表で公認会計士の望月なつえさん(39、松本市保福寺町)に促され、改修工事中の旧本陣に足を踏み入れた。間口20メートル、奥行きは18メートルほどで、一部3階建て。やはり目を引くのは、大きな木材を組み合わせた吹き抜けだ。
実際に使われた本陣は、1908(明治41)年に火事で消失。現在の建物は5年後の13(大正2)年に復元された。母屋の東側には、昭和初期に建てられたという総ひのき造りの離れ(洋間)がある。
信州大工学部建築学科の梅干野成央(ほやのしげお)准教授(40)は「近代以降に建てられたものではあるが、かつての本陣の建物の形を踏襲している。大黒柱などはかなり太い材を使い、吹き抜けは何重にもはりが組まれ、見栄えも意識した造りになっている」と説明する。
昭和初期に建てられた離れも「1階の洋間は陶板が張られるなど手が込んでいる。2階の近代和風座敷は、日本人がきちんと洋風を把握し、和の伝統を伝えている」とする。

最新の設備もうまく融合し

この建物をゲストハウスに改修しようと発案したのは望月さん。住んでいた人が亡くなり、しばらく空き家になっていたことから、「このままでは立派な建物が傷んでしまう」と懸念し、自ら建物を購入。昨年6月、同協議会を設立し、地域活性化に向けた事業として、建物を活用することにした。
改修は、国の農山漁村振興交付金を利用。殿様が使った雰囲気を味わってもらおうと、工事に際して「建物の趣を残す」をコンセプトにした。いろりを残したり、建具はなるべく昔のものを使ったり。快適に滞在してもらうため、風呂やトイレなどは最新のものを入れ、古いものと便利なものを上手に融合させる。
母屋の1階はスイートルームに、2階には2部屋を設ける予定。離れの1階はラウンジに、2階は客室にする計画で、今年5月末のオープンを目指す。
四賀には日本ならではの田園風景が残り、無農薬野菜などの新鮮な食材や、こだわりのカフェもある。農業体験やカフェ巡りなど、四賀でしか味わえないゆっくりとした時間の流れ、癒やしを感じてもらうための滞在拠点にしたい。特に近年、増加傾向が続く外国人観光客に、日本ならではの体験を楽しんでもらえるのでは|。望月さんたちはそんなビジョンを温める。開かれた施設に|と、地域住民を対象にしたそば打ち体験なども行う予定だ。

2005年の合併で松本市の一部になった四賀地区。4校あった小学校も1校に統合された。合併時に6034人だった人口は、翌年には5920人と6000人を割り、昨年は4418人にまで減少。高齢化率(人口に占める65歳以上の割合)も、05年の32・0%から昨年は43・1%に上昇した。
そんな古里の姿に、望月さんは危機感を抱く。「地域を何とかしたい」。共感する仲間たち4人でつくる同協議会を軸に、支援してくれるサポーターも募りながら「地域愛」を核に、四賀を盛り上げていきたいと考えている。

(八代けい子)