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自分の味目指し奮闘 和食料理人2人の修業

白いかっぽう着の下にネクタイを締め、足元はたびに雪駄(せった)、髪は毛が落ちないように整髪料できっちりと固めた、凜(りん)とした若者が2人。松本市の割烹(かっぽう)「旬彩小料理満まる」(大手4)で働く大塚よもぎさん(25、元町)と長瀬篤さん(20、桐)は、和食の料理人として修業に奮闘中だ。

店持つ夢へ日々成長を―大塚さん

東京都出身の大塚さんは、高校卒業後に自衛隊に入隊。パン店の従業員だった父親がのれん分けで松本市で店を開くことになり、除隊して20歳のときに一緒に同市に移り住んだ。
「漠然と松本で飲食店をやりたくなった」と大塚さん。居酒屋などで働き始めたが、徐々に物足りなくなり、「料理を本格的に習いたい」と思うようになったころ、ハローワークで満まるの求人を見つけて入店した。23歳のときだ。
居酒屋で働いていたとはいっても、料理は素人同然。店主の増田崇宏さん(38)に、包丁の使い方など一から指導を受けた。増田さんは当時の大塚さんを「真面目なだけ。技術は何もなかった」と振り返る。
今は板場の「二番」として、増田さんの脇を固めるまでに成長し、揚げ物全般や盛り付けなども任されている。大塚さんは「やりがいしかない。大将(増田さん)の言うことを聞いていれば、まっとうな料理人になれると信じている」。
夢は自分の店を持つこと。「満まるに入ったときは『5年で独立』と思っていたが、甘かった」とし、「『自分の味』が出せるようになるまで、みっちりと修業したい。(独立は)早くて30代前半ですかね」と先を見据える。

学びやすい職場に感謝―長瀬さん

長瀬さんは伊那市出身。父・仁さん(45)が同市で営む小料理店の2代目ということもあり、高校卒業時に料理人になると決意。松本市の松本調理師製菓師専門学校で1年間学んだ。就職先を決める際、担任に「格好いい店がある。君に合っている」と紹介されたのが満まる。昨年4月に入店し、今は下準備や下ごしらえなどをする見習い役「追い回し」だ。
長瀬さんは「父親から昔の料理人のことを聞き、『技は見て盗め』などもっと厳しい世界だと思っていたが、大将は丁寧に教えてくれる。とても学びやすい」と感謝する。
一方、20歳になったばかりの長瀬さんにとって、会社経営者や食通も多い客と接するのは高い壁。「受け答えに詰まり、会話が進展しなくなってしまうことも」と苦笑する。
長瀬さんには思い出の味がある。仁さんが作ってくれた「豚肉のキムチ炒め」だ。「子どものころから食べ、今食べても気分が上がる。『おやじの味』があるというのは幸せだと思う」と長瀬さん。「おいしい料理は人を笑顔にする。そういうものを作れる料理人になりたい」と目を輝かせる。
満まるで5年ほど修業し、他店でも腕を磨き、将来は実家の店を継ぐのが目標。「自分が結婚し、両親と4人で店をやるのもいいですね」と笑顔がこぼれた。

「思いやり」と「気遣い」大切に

満まる店主・増田さんの話「松本辺りの料理店で師弟関係をつくり、同じ志を持ってやっているところは少なくなった。料理人には「思いやり」と「気遣い」が必要。小手先の技術ではなく、基本を大切に。お客の気持ちをつかむことも大事。2人には、当たり前のことが当たり前にできる料理人になってほしい」
(浜秋彦)