元スノボ五輪選手 今は木曽の樹上で

木曽に「正」の循環を生みたい

重機が入れない場所で高木に登り、先端から何回かに切り分けながら伐採する「特殊伐採」。高さ約20メートルの杉の樹上で作業する千村格(いたる)さん(44)は、2006年トリノ五輪のスノーボードクロス競技で16位の実績を持つ元プロスノーボーダーだ。
昨年1月、妻の有紀子さん(45)と木曽町新開で「木曽ツリーワークス」を起業。作業の請け負いのほか、伐採木をまきにして販売したり、自ら製材して地域の木工作家に提供するなどしている。
より効率良くより安全に大木を伐採する技術は、より速くより難度の高いセクションを攻めるスノーボードに通じる。「どちらも身体一つで挑む技で、奥深い世界」と格さん。目指すのは「元気な信州林業」の実現だ。

特殊伐採技術で森林資源生かす

スキー講師をしていた父の影響で3歳の頃からスキーを楽しんでいた千村格さん。本格的にスノーボードを始めたのは信州大工学部在学中で、就職も内定していた。大会で次々と優勝を重ね、複数のスポンサーも付くようになり、プロを目指す決意をした。木曽町日義にあった新和スキー場を拠点に活動。2005年、同競技で同じくプロを目指していた有紀子さんと結婚した。
トリノ五輪出場を経て10年に引退した格さん。名古屋市でシステムエンジニアの仕事に就いたものの、街暮らしもデスクワークも馴染めなかった。「自然の中で身体を使って働きたい」。大桑村の電気通信会社に転職し、保安伐採の仕事に携わる中で特殊伐採の技術を身に付けた。
電線・電柱の周辺の山林整備を進めるうちに、山が荒れ、森林資源が放置されている現状に気付き、「木曽ツリーワークス」(木曽町新開)を起業。特殊伐採の技術を生かした事業を始めた。まきなど木材販売を軸に、将来は木工作品を展示・販売する店舗の経営も視野に入れる。
工学部で学んだ知識を生かし、ドローンを使って支障木等の状況把握などをする技術の導入にも取り組む。格さんはいずれ樹木医の資格を取得し、経営の幅を広げたい考えだ。
「事前に目を輝かせながら攻略を立てて、最高の笑顔で戻って来る姿は、スノボも特殊伐採も似ている。見ている側がハラハラするのも」。そう話す有紀子さんはこの春から、林業士の資格取得を目指し学び始める。
小学生の一男一女の子育てをしながら暮らす千村さん夫妻。「木曽に『正』の循環を生みたい」と強く願うようになった。仕事があり、若者が増え、子育てがしやすく、豊かな資源にあふれ、景観の美しい地域にするために、山と木を本来の健全な形にしたい─。そんな思いがある。
一見、緑が濃く、美しく見える山も、分け入ってみると実は非常に弱っている。近年、全国で台風等による倒木被害が増えた。間伐されず、栄養不足のまま細く長く伸び、根が広く深く張らず、強風で倒れやすい状態にある木々。大木が倒れると、住居破壊、通行止め、地域の孤立、長期間の停電など、さまざまな危険が生じる。

景観の美しさを地域の活力源に

景観面での課題も多い。以前はいろんな場所から御嶽山がよく見えた。間伐・伐採が滞った山林が増え、美しい景観の妨げになっている。
格さんは木曽高校(現木曽青峰高校)時代、友人と共に御嶽山に荷揚げをする強力(ごうりき)や山林整備に携わった経験がある。今も同じ仲間と共に強力を続け、「御嶽古道」の整備に関わる。「こんな美しい道が木曽にあったのか」。そんな気付きも地域にもたらしたい。高校1年の時にニューヨークに留学して身に付けた英語力をインバウンドに生かすのも楽しみだ。
19─20年シーズン、スノーボードクロス競技のナショナルチームに招かれ志賀高原でコース作りを任された。独立したからこそ請け負える貴重な仕事。人とのつながりや縁の大切さを痛感している。木曽郡外の同業者から伐採の手伝いを頼まれることも増えた。
起業して1年。仕事が増え、従業員を雇う立場になった。「山も地域も元気にしたい。林業の雇用を増やし、子どもたちが憧れる職業にしたい」と目を輝かせている。
木曽ツリーワークス℡090・4180・7135、メールはinfo@kiso-treeworks.com
(福井香保留)