警察官でプロボクサー

写真から飛び出てきそうな右ストレート。眼光鋭くパンチを繰り出すのは、松本市渚2の「松本ACE(エース)ボクシングジム」に所属する県内唯一のプロボクサー。2月にデビュー戦を終えたばかりの新人だ。
プロのボクシング選手といえば、拳一つで高額な金が稼げる夢のある職業。しかし、このプロボクサーにはもう一つの顔がある。
昭和の人気漫画「タイガーマスク」。そこに登場する主人公、伊達直人は、プロレスで得た自身のファイトマネーを児童施設に寄付した。この新人ボクサーも、ある事情から稼いだファイトマネーを全て寄付する。
「正義の味方」「弱きを助け、悪を許さない」のもタイガーマスクと同じ。さて、そのもう一つの顔とは…。

公務員と両立社会貢献も励み
二葉恒輝さん 松本市

笑顔の好青年 練習に励む姿

昨年12月にオープンした「松本ACEボクシングジム」。県内唯一の日本プロボクシング協会加盟のジムだ。
ある日の夕方、次々と男たちが集まってきた。入り口で同ジムの高※山祐喜会長(34)に大きな声であいさつ。みんな礼儀がいい。その中に「二つの顔」を持つプロボクサーの姿もあった。身長164センチと比較的小柄だが、笑顔がすがすがしい好青年だ。
バンテージ(包帯)を手に巻くと練習を始めた。縄跳びで体を温め、シャドーボクシングからサンドバッグ打ちへ…。見る見るうちに汗が噴き出す。リングに上がり、トレーナー相手にミット打ち。「しゅっ、しゅっ」と声を吐き出しながら、パンチを繰り出す。正確にミットを捉えると「バチン」という乾いた音が響いた。トレーナーが一瞬、腰砕けになる場面も。さすがプロのパンチ力だ。
約2時間たち、一通りの練習が終わった。ボクサーの名は二葉恒輝さん(28、松本市高宮北)。近寄って「ボクサー以外の仕事があるんですよね」と尋ねると「松本警察署の留置管理課に勤めています」。もう一つの顔とは警察官だった。

勝利目指し 集中力高めて

北九州市出身。子どもの頃から「悪を正す」警察官に憧れていた。兵庫県内の大学に進学。4年時に福岡県警の採用試験を受けるが不合格。いったんサラリーマンとなるが、警察官を諦め切れずに1年で退職。山が好きで、山岳救助隊の「格好良さ」にも憧れがあり長野県警の採用試験に挑戦し、合格した。25歳のときだ。
ボクシングとの出合いは大学時代。「格闘技をやって強くなりたい」と選んだ。「どの競技をやるにしても年齢的に遅かったので、殴るだけだったらできるかなと思って」という理由もあった。
アマチュア時代の戦績は20戦10勝10敗。当時、プロ転向は「全く考えていなかった」が、警察官となり、体を鍛えるためにボクシングを再開すると「何か目標を持ちたい」とプロ転向を決意。警察の仕事に時間的な余裕ができた昨年1月から本格的なトレーニングを始め、半年ほど後に行われたプロテストに一発合格した。
二足のわらじを履くことになった二葉さん。公務員である警察官とプロボクサーを両立させるにはどうしたらいいか、上司に相談したところ、ファイトマネーを寄付することで許可が下りた。寄付先はNPO法人長野犯罪被害者支援センター。「ボクシングで少しでも社会貢献できるなら励みになります」と二葉さん。
2月14日に行われたデビュー戦。スーパーバンタム級4回戦に挑んだ。相手は同じ公務員で既にプロ初勝利を挙げている。相手をぐらつかせる場面もあったが、判定負けした。
「プロの試合は『パンチが当たったら倒される』という怖さがあった」と二葉さん。早速洗礼を浴びたが、4万2000円のファイトマネーは寄付することができた。
高※山会長は「性格が優し過ぎる。荒々しさが足りない」と注文を付ける。一方で、「社会のためにも死に物狂いでやって、日本チャンピオンを目指してほしい」と期待する。
次戦に予定していた6月の「東日本新人王トーナメント」の開催は新型コロナウイルス感染拡大で不透明に。それでもプロ初勝利を目指す二葉さんの集中力は途切れない。「とにかく1勝。その後はいけるところまでいきます」。闘う男の目になった。

帰り際に「タイガーマスクみたいだね」と言葉を掛けた記者に、平成生まれの闘う男は首をひねって「誰ですかそれ」。

※はしご高