塩尻の宮下地区お助け隊

次世代へ思いをつなげて

モットーは「世のため、人のため、自分のため」。塩尻市木曽平沢の住民有志でつくる「宮下地区お助け隊」のメンバーは、70代を中心とした19人。立木の伐採や簡単な家の補修など地域の困り事に必要経費程度のお金をもらって対応する。
木曽平沢には、木曽漆器の工房や販売店が軒を連ねる。お助け隊メンバーにも、漆器職人や大工仕事が得意な人、土建業をしていた人が多く、それぞれ得意分野を生かして活動する。現在取り組んでいるのは、雑木林を切り開いて約1500メートルの遊歩道を整備する自主事業だ。
現役を退いた後にできた時間に、気心の知れた仲間が集まり、それぞれの技術と経験、熱意を生かして地域づくりに一役買う。そして、生きがいにもつなげている。

「一声」掛ければ集まれる関係に

遊歩道整備の作業日に、「宮下地区お助け隊」リーダーの小川博國さん(78)が家々を回り、声を掛けた。この日は、川岸にたまった流木の片付けだ。6人のメンバーが軽トラックやショベルカーに乗り、現場にやって来た。
はしごを掛けて5メートルほど下の岸へ下り、流木を集めてショベルカーで引き上げる。かつて重機の修理会社に勤めていた太田賢一さん(72)が、巧みに操っていた。
塩尻市木曽平沢の宮下地区には、かつて同じ親方の元で修業した漆器職人らの仲間が移り住んだ「新宅」が並ぶ。「一声掛ければ集まれる人間関係ができている」と小川さん。

今までの経験や技術を生かして

隊が発足したのは2015年。宮下町会長の小川さんに民生委員から「壁が壊れている空き家があり、危険」との相談が持ち掛けられ、仲間と補修をしたのがきっかけだった。いずれも既に第一線を退いていたが、「家でごろごろしているよりは、何かできることを」と立ち上がった。
メンバーは、チェーンソーや草刈り機などを自分で持っており、道路の補修、雪かきなど外の仕事のほか、職人の経験から家具などの簡単な修理にも対応できる。
遊歩道整備は、寄せられた依頼をやり尽くしたため、3年ほど前から自分たちが発案して始めた。雑木林の中に地元住民が歩いて自然にできた散歩道を、歩きやすくするため手を入れる。軽い気持ちで着手したものの、小川さんが「えらい事を始めてしまった」と後悔するほど難航。重機があるとはいえ、高さ20メートルほどの木が生い茂る雑木林を切り開くのは容易ではなかった。
木は、抜いても時間がたてばまた生えてくる。現場は昭和20年ごろには川底だったとされ、地中からは大きな石がごろごろと出てくる。伐採中、うっかりテレビのケーブルを切ってしまったことも。
切り開いたところに砂利を敷き、道として整え、周囲には桜やモミジ、ハナモモなどの苗木を植えた。完成まであと半年はかかりそうという。資金は市の「まちづくりチャレンジ事業補助制度」を活用した。
隊の活動は徐々に知られ、最近では隣接する奈良井地区からも依頼が寄せられるようになった。「過疎化の進行が止まらず、このままではこの辺りは廃れてしまう。自分たちも高齢で、動けるとしてもあと数年」。小川さんは、隊の活動が地域を担う次世代の住民たちへの刺激になれば─と願っている。