山本幸平選手 MTB東京五輪代表決定

最後の舞台への思い 一問一答

いざ、競技人生25年の集大成の舞台へ─。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で来年に延期された東京五輪の自転車マウンテンバイク(MTB)競技の代表に、松本市在住の山本幸平選手(34、Dream Seeker Racing Team=ドリーム・シーカー・レーシング・チーム)が選ばれた。2008年の北京五輪から4大会連続の出場となる。
本来なら、ここから一気に今夏の「五輪モード」に突入するはずだった。本番まで1年以上。ベテランの域に入り、自国開催の五輪を引退レースと決めている山本選手にとって、コロナ禍によっていや応なく与えられた時間が「吉」と出るのか─。
長年、日本のMTB界をけん引してきた第一人者に、最後のひのき舞台までの過ごし方や懸ける思いなどを聞いた。(浜秋彦)

1年前の決定 精神面で楽に

─代表に決まった心境は。
「率直にうれしい。五輪の1年前の段階で決まり、精神的に相当楽になった。過去3大会は、自分が代表になるだろうという状況でも、ぎりぎりまで決まらなかった。気を緩める間も、何かあっても対処する時間もなかった」
─4大会連続出場になる。
「これまでは海外のチームに所属し、ずっと1人でやってきたが、2017年に結婚し、翌年に自分のチームをつくって拠点を日本に移した。過去3回の五輪の時とは全く違った環境でやってきて、代表に選ばれたのは達成感がある。家族がいなかったら、東京五輪は目指せなかった」
─これからの1年をどう使うか。
「レースや練習の内容も変わってくると思う。例えば、レースでは『世界とどう戦うか』ということだけを考えればいいので、とりあえず1周だけでも先頭を走り、残りはどうなってもいいという走りができる。五輪本番で上位を目指すには、そういう『捨てレース』が必要。それを世界選手権やワールドカップでできるのは大きい」
「また、今の段階で代表が決まるのは、日本だけ。他の国の選手はこれから国内選考があり、それだけでもかなり有利だと思う」
─本番まで1年は長すぎないか。
「代表に決まってからまだ1年あるというのは、初めての経験。だが、長すぎるとは全く思わない。練習にしても、五輪に向けて何をすればいいかを考えるだけなので、いろんなことが試せる」
「今まで以上に、体を強化する時間も取れる。全身の使い方やつながりを意識しており、相澤病院の理学療法士に協力してもらい、取り組んでいる。例年なら今の時期は海外を転戦していて、こんなことはできなかった」

コースと暑さ 有利な部分も

─昨年10月に行われた五輪テスト大会で、本番で使われる伊豆MTBコース(静岡県伊豆市)を走った。印象は。
「本当にタフ。休む所がない。難しい下りが終わったと思ったら、急な上り坂になるなど、ジェットコースターのようだ。コースのレイアウトはほぼ頭の中に入っており、自分にとって得意な部類だ。それと猛暑。自分は暑さに圧倒的に強いが、欧州などの選手はアジア特有の暑さを経験していないので、かなりのアドバンテージになる」
─コロナ禍をどう思っているか。
「みんなで1回リセットし、生き方などを『考え直しなさい』と誰かに言われているようだ。競技面ではレースがないので、本当の意味での闘争心は薄れているかもしれない」
─東京五輪を競技人生の集大成と位置付けている。
「10歳でレースデビューし、今年35歳になる。25年間、飽きずによくやり続けていると、自分でも思う。毎日同じことをやっているが、毎日学ぶこともある。MTBの選手は金銭的にそんなに恵まれているわけでもないのに、続けているのは好きだから」
「ここにきて、地元の医師らでつくるスポーツ医科歯科研究会がスポンサーになってくれるなど、松本平が自分のホームになったと感じる。そういう人たちも含め、1人でも多くの人に『MTBって面白いじゃん』と思ってもらえるレースを、本番でしたい。そのために入賞を目指す」

【プロフィル】
やまもと・こうへい

1985年、北海道幕別町生まれ。帯広農業高から国際自然環境アウトドア専門学校(新潟県)に進み、本格的にMTBを始める。2008年北京五輪(46位)、12年ロンドン五輪(27位)、16年リオデジャネイロ五輪(21位)に出場。国際自転車競技連合(UCI)のランキングは日本人最上位の48位(2日現在)。182センチ、68キロ。