筆談バー「洋酒店醇」 記者が体験

新型コロナウイルスと共存する「ウィズコロナ時代」のバーは、これがスタンダードになるかもしれない。
「筆談バー」。感染防止策として声は出さず、カウンターの向こう側にいるバーテンダーとホワイトボードで筆談する。もちろん、注文や会計のやりとりも文字オンリー。
松本市大手2の「洋酒店醇(じゅん)」。バーテンダーは、店のオーナーでもある坪野修久さん(54)だ。
10年ほど前、東京・銀座のクラブで「筆談ホステス」として活躍した聴覚障害者の斉藤里恵さんが、その半生を出版し話題になった。隣にきれいなお姉さんがいるならともかく、普通のショットバーで筆談は楽しいのか?
そんな素朴な疑問を抱きながらも、「60分1本勝負」といったうたい文句に誘われ、足を運んでみた。

「ウィズコロナ」新しい試み

予約時間の午後6時前、2人で「洋酒店醇」に到着した。入り口には「靴の底を消毒してから入店を」の張り紙。足裏を消毒して焦げ茶色の重い扉を開け店に入ると、また張り紙。「店内でのやりとりを、基本的に声を出さない筆談により行っております」の文字が目に入る。これは承知していたことだ。
カウンター席に座ろうとしたら、坪野修久さんが現れ、もう一枚の張り紙を指さした。そこには、まず洗面所で手洗い、うがい、アルコール消毒をお願いする文字があった。
「ウィズコロナ時代」のしきたりを一通り終え、カウンター席に座る。いよいよ「60分1本勝負」の始まりだ。密を避けるため、定員は2人限定。1時間で次の予約客と交代する。
筆談スタイル用に用意されたメニューは、ウイスキーを中心とした「特選洋酒・3種飲み比べ」セットのみ。価格は酒の違いにより、2500円から1万円台まで5種類ある。新人記者でバー初心者の坪田は控えめに一番安い「ワールドジンセット」、記者歴も酒場通いもベテランの浜は3000円の「ニッカウヰスキーセットB」を注文した。
坪田は最初のジンをぐびりと飲んだところで、用意されたホワイトボードで「おいしい飲み方は」と質問。坪野さんは「ほんのちょっと、水を垂らしてみましょう。飲みながら足していく感じで」と返した。
3種類のジンを一通り飲み、「台湾のが飲みやすく(英国の)タンカレーは少し辛い。日本の(養命酒製造の「香の森」)が一番、強烈な味でした」と、ありきたりな“酒レポ”。坪野さんは、ボードに「タンカレーは最もジンらしいジン。ある意味、基準です」と解説を書き込んだ。
「海外は好きか」「英国はジンが有名か」など次々に繰り出される質問に快く答えてくれた坪野さん。ただ、やはり酒を出すなどの作業もこなしつつだと時折、ボードに気付かないことも。そんな時はボードを坪野さんの視界に入る位置に近づけたり、揺らしたり。
制限時間が近づいたので「そろそろ、会計をお願いします」とボードに記した。坪野さんは「会計が終わったら、筆談も終わりにしましょう」。1時間たって初めて声を出した記者の第一声は「想像していた以上に面白かった。あっという間に終わってしまった」だった。
坪野さんは新型コロナの影響で4月上旬から約1カ月半、店の休業を余儀なくされた。その間、店を再開した時の対応を検討。客との間に透明なシールドを張るのは壁を作るようで違和感があり、筆談を思い付いた。
「自粛要請の中で、静かに飲むショットバーやオーセンティックバーが、他の飲食店とひとくくりにされてしまった」と坪野さん。「バーの街松本」でコロナ禍を乗り切るため「こうした取り組みも発信したい」とし、これまでは完全予約制だったが、今後は形態を見直していくという。
筆談は、書いたり、消したりする煩わしさがある一方、吟味して伝えた言葉に「どんな返答をしてくれるのだろう」と、わくわくして待つ時間が面白い。しゃべるよりも言葉がよく頭に入る。聴覚に障害があってもなくても、同じように楽しめる「バリアフリー」の側面もある。
コロナ禍で、さまざまなパラダイムシフト(価値観の大転換)が起きている。筆談も、バーに限らずさまざまな場面で、標準的なコミュニケーション手段になっていくのかもしれないと感じた。
同店℡0263・32・8186