経営を引き継ぎ「菊の湯」再出発

「1番風呂」を目当てに、開店時間の午後3時になると、何人ものお年寄りが入っていく。しばらくすると、浴室から世間話の声が響いてきた。
松本市中央3の銭湯「菊の湯」。松本駅から最も近い街なかの銭湯として、住民だけでなく登山客らにも親しまれてきた。
昭和から令和まで3代にわたり家族経営されてきたが、近年は燃料代の高騰や利用客の減少など、経営環境が悪化。3代目の宮坂賢吾さん(55)は行く末について悩んだ。
建物を他の業態の店に利用できないか─。宮坂さんは向かいでブックカフェ「栞日(しおりび)」を営む菊地徹さん(33)に相談した。菊地さんの答えは「銭湯を残したい」。経営を引き継ごうと決めた。10月に再出発する。

「松本の豊かな風景」守って

「菊の湯」は、もとは材木店を営んでいた宮坂さんの祖母が職人の労をねぎらうため廃材を燃やして風呂をたいたのが始まり。昭和20年代に公衆浴場となり、1960年代が最も利用者が多かった。
1989(平成元)年に大規模改修した。受け付けフロントを通り、男湯、女湯へとそれぞれ進む造り。丁寧に掃除された風呂場の正面壁には、タイルで菊の絵がデザインされている。
風呂は敷地内にある井戸水を沸かしていて利用客からは「お湯が軟らかい」と好評だ。玄関を出た脇には掛け流しの井戸水があり、喉を潤していく人やペットボトルに入れて持ち帰る人も多い。
今は、3代目の宮坂賢吾さんと妻の宏美さん夫婦が、3人のパート従業員と切り盛りする。利用客で最も多いのは70代で、高校生以下の利用はほとんどないという。宮坂さんは「押して湯水が出る仕組みのカランの使い方が分からず、『どの蛇口をひねっても水が出ない』とフロントに駆け込んできた高校生もいるんですよ」と苦笑いする。

経営を続けるか、廃業した方がいいか、悩んできた宮坂さん。新型コロナウイルスの影響で娯楽向けなどの入浴施設が休業になった際には、「一般公衆浴場」(いわゆる昔ながらの銭湯)に位置づけられている菊の湯を訪れた客から「開いていてよかった」と感謝された。
5月、「建物は残しつつ、何か違う形で利用できないか」と、意を決して菊地徹さんに相談。菊の湯とは、道路を挟んだ向かい側でブックカフェを営む菊地さん。古き良き銭湯が残る街と、そこに集う人を「豊かな風景だな」と思い、眺めてきた。
2年前、地元で30年以上続く商店の経営者などを紹介するコラムのため菊の湯を取材した時、住民の生活の一部として淡々と営みを続けてきた菊の湯の姿に、菊地さんは「背筋が伸びる思い」がした。相談を受け、迷わず「銭湯として引き継がさせてください」と返答。思わぬ答えに宮坂さんはとても驚いたという。
菊地さんが抱くコンセプトは「街と森を結ぶ湯屋」。現在、通っているお年寄りたちが心地よく利用し続けられることに加え、環境と健康に配慮した仕掛けで、菊地さんと同世代の30代、その下の世代が利用していけるよう、段階的に取り組みたい考えだ。
宮坂さんによると、銭湯は多くが家族経営のため、後継者不在で廃業になるケースが多く、外部の若手が引き継ぐのは県内では珍しい。「銭湯を愛してくれる人に引き継いでもらえてありがたい。これからの菊の湯を思うとわくわくする」と話す。
今後、インターネットを通じて不特定多数の人から資金を集めるクラウドファンディング(CF)で資金を募るほか、運営全般を担う現場責任者の「湯屋チーフ」を8月末まで募集。簡単な改装をして、10月上旬にリニューアルオープンの予定だ。
県公衆浴場生活衛生同業組合によると、公衆浴場法に基づく一般公衆浴場は県内に23軒あり、このうち松本市内は市町村単位では最多の9軒だ。
自身が好きな松本の風景の一つを守っていくと決めた菊地さん。「松本の地域特性を生かし、街なかのお湯ではあるけれど、周辺の山々の恵みに思いをはせられるような湯屋にしたい」と意気込んでいる。