「不安と希望」花火師の今夏

「なんともさみしい夏だった」。しみじみと語るのは、花火の製造、打ち上げをする中信地域唯一の煙火業者「華松(はなまつ)煙火」(松本市島内)の上條博人社長(61)。新型コロナウイルスの影響で、今夏は担当する各地の花火大会や催しは軒並み中止に。製造も取りやめ、再開のめどは立っていない。
長年花火師をしている上條社長でも、こんなに静かな夏は初めてという。先が見通せず経営の不安も募る。一方で、子どもたちに花火の歴史や製造について話したり、研究に励んだりと、例年ではできない取り組みをしながら花火師たちは前を向く。
コロナ禍の夏の終わり、29日午後8時から松本市内4カ所(場所は非公表)で、計約500発の花火を打ち上げる。

1年後を思い「研究」に励む

コロナ禍で大勢が集まる花火大会が次々と中止になり、花火製造がストップした今季。「この状況をなかなか受け入れられない」と打ち明けるのは、華松煙火の社員で花火師歴約15年の宮島秀一さん(36)だ。複雑な気持ちを抱えながらも、会社の許可を得て、より鮮やかな発色を実現する研究に励む。
火薬の調合割合を微妙に変えながら試作を繰り返す地道な作業。例年だと花火製造や打ち上げに忙しく、なかなか研究に没頭できないため、今季ならではの貴重な時間だ。「来夏、もし花火大会ができたら1年越しの思いが募ったものになる。その場でより進化させた花火を上げて感動や喜びを与えられたらいい」と宮島さん。研究成果が会社の売りにもつながれば|と奮い立つ。
同社は4月下旬から、花火用の打ち上げ筒を保管する倉庫の一角で「おもちゃ花火」の販売も開始。自宅で過ごす時間が増え、家庭で花火を楽しみたいという需要に応えた。花火師が厳選して仕入れた国産手持ち花火など独特な品ぞろえで人気を集め、来店客が本業に興味を示す機会にもつながった。いつもと違う夏の取り組みはプラスの材料にもなっている。

子どもたちに花火の歴史を

同社の創業は1874(明治7)年。2013年、社名を「稲村煙火店」から「華松煙火」に変更した。伝統の中に、20、30代の若手花火師の創意工夫が光る、活気あふれる老舗の煙火業者だ。いつでも業務が本格再開できるよう従業員の雇用を維持し、逆境の中で踏ん張っている。
6月1日夜、ウイルス感染の収束を願って行われた全国の花火業者による一斉打ち上げ企画「Cheerup!(チアアップ)花火プロジェクト」に同社も参加した。「こんな時期に花火を上げていいのだろうか」。上條僚士専務(29)の心には不安も入り交じっていたが、終了後に届いた「ありがとう」の声に、「やってよかったんだ」。上條博人社長は「花火は人の心を動かすもの。続けていかなくては」との思いをあらためて強くした。
今夜の花火は、子どもたちの夏の思い出づくりに少しでもつながれば|と、上條専務の提案で松本青年会議所(JC)が企画した。
21日には、華松煙火の花火師とJCのメンバーたちが、同市の源池小学校や2つの中間教室、松本児童園を訪ね、花火の歴史や製造方法などを紹介。この時に子どもたちが花火玉の表面に書き込んだ願い事や夢を今夜、夜空に打ち上げる。
源池小6年の武藤衣吹さん(12)の願い事は、行き先を変更して10月に予定される「修学旅行に行けますように」。初めて間近に見る花火玉に興味津々で「打ち上げ当日が楽しみ」と目を輝かせた。
「子どもたちの夢や今夏の思い出が少しでも増え、笑顔が見られたらいい」と同JCの小林篤史理事長(36)。華松煙火の上條社長は「子どもたちを前に花火について話すのは初めて。打ち上げを含め貴重な機会を作ってくれたJC関係者に感謝」と話し、花火師たちと1玉ずつ心を込めて火薬を手作業で詰めた。
「みなさんに笑顔を届ける花火を」。取材中、上條社長が繰り返した言葉だ。「2020年の夏もみんなで同じ空を見上げよう!」と銘打った29日の打ち上げ花火。かつてない夏の終わりの夜空を華やかに彩ってくれるはずだ。

打ち上げ花火は15分程度。ライブ配信もある。詳細は「松本JC花火」で検索。荒天時は30日に延期する。