2020.11.19 日本地域情報コンテンツ大賞・タブロイド部門で2年連続優秀賞

松原モール〝時計台の音楽隊〟22年ぶり復活

完全復活かなえた住民の熱意

松本市松原の商店街「松原モール」のシンボルとして地域の住民に愛されてきたからくりの時計台が「完全復活」を遂げる。
定時になると時計盤下の扉が開き、ブレーメンの音楽隊を思わせるロバやニワトリなどの人形が動き、時を告げる仕組み。だが1998年、いたずらとみられる火事でからくりの心臓部が壊れてしまった。地元の女性有志が資金を集め修理し、時計の稼働と音楽だけは復活したものの、資金難から人形部分の復活は「夢のまた夢」となっていた。
それから20年がたった2018年冬。松原モールの有効活用に向けた「松原モールぷろじぇくと」が発足し、完全復活構想も再び動きだした。来月、閉じ込められていた人形たちが、再び踊りだす。

修理費重く停滞も自分たちでやれば

松原モールは1990年、住宅団地開発に伴い、約20億円かけて整備された。全長200メートル近い遊歩道などがあり、周辺には洋風の商店などが並ぶ。
からくり時計台は約6000万円かけてモールのほぼ中心に作られ、親子連れなどに人気だった。98年に火事で壊れた後、「元通りにしよう」と真っ先に立ち上がったのは、子育て中の女性有志でつくるグループ「ミセスエイト」。フリーマーケットを開くなどして資金を集め、約40万円で時計盤と音楽仕掛けの修理をした。
「松原モールぷろじぇくと」は、地元住民が松原モールにもっと愛着を持ち、日常的に使ってもらえるようにしようと発足。毎週土曜日の朝に草取りをしたり、噴水をきれいにしたりするなどしている。ほかに、時計台周辺をイルミネーションで彩り、「一夜限りのイルミネーション」と銘打ったコンサートも開いている。
時計台は当初、機械仕掛けや人形などを新調する方向で検討。そのため、1000万~2000万円ほどかかるとされた費用が最大のネックとなり、そのうちに修理の動きが止まってしまった。
同ぷろじぇくとの発足を機に「完全復活」の議論が再燃。新調ではなく「残っているものをみんなで修理すれば安く済むのでは」との声が出て、松原地区町会連合会長を務めたサスナカ通信工業(同市笹賀)取締役の巾孝好さん(65)が、モーターや電気系統など機械仕掛けの修理に手を挙げた。同社としても地域貢献の一環に位置付け、試作などに使った部品を提供するなど協力した。

来月修理完成式典地域活性化の場に

昨年4月に着手し、全壊だった制御部分は一から整備、25あるモーターのうち2個を交換した。他は「使えるものはなるべく使う」をモットーに、モーターをきれいにして、人形や台座がスムーズに動くようにした。「扉の開け閉めが自動的にできたら大丈夫と思っていた。さび付いたモーターを取り外すだけでも1カ月かかったが、仕組みが電子制御でなくアナログだったので何とかなった」と巾さん。
人形の補修は、地元在住の木工作家で「みみずく工房」を営む小池春隆さん(73)を軸に進む。盆明けから作業が始まり、廣田紘治さん(77)、宮脇憲蔵さん(73)ら有志仲間15、16人のうち、2、3人が毎日、小池さん宅に集まり作業する。
ほこりを取ったり、油性ペンキで色を付けたり。傷みがひどかったニワトリと猫は分解し、欠けた部分を布などで補修した。「人のためになるかなと始めた。喜んでもらえればうれしい」と小池さん。
結局、修理にかかった費用は市の補助も受けて購入したペンキ代など14万円ほど。同ぷろじぇくと副代表の曽根原豊さん(52)は「からくりの修理は雲をつかむような話で、こんなに早く動くところを見ることができるとは思っていなかった。感無量。目標が一つクリアできた」。
10月には修理完成を記念した式典を予定。地元の明善小、明善中の吹奏楽部による演奏で盛大に祝う。「コロナ禍が一段落したら、時計台を中心に、地域活性化につながる取り組みを続けていきたい。次の目標は、長い間灯をともしていないガス灯を復活させること」。そう話す曽根原さんの目は、さらに先を向いている。