ワイン造り支える樽職人

曲げたオーク材などに「たが」をはめて作る洋樽(ようだる)。ウイスキーやワインの熟成に使われる。
塩尻市出身で山梨県笛吹市に住む小松正さん(84)は、洋樽の製造・修理をするベテラン職人だ。28歳で樽職人になり半世紀以上、洋樽と関わってきた。80歳を超えた今でも、同県甲州市勝沼町のワイナリー「白百合醸造」で、その腕を生かしている。
洋樽製造の本場、ヨーロッパやアメリカに比べ、日本国内の洋樽職人は多くない。小松さんの元にも同県内外から依頼が次々に舞い込む。昨年は、甲府市出身の力士、竜電関の結婚披露宴で使う新しい洋樽も作った。
味わい深いワイン造りの立役者でもある洋樽に興味を覚え、小松さんの仕事場を訪ねた。

塩尻出身 小松正さん
半世紀以上磨き続けた匠の技

小松正さんの仕事場は、白百合醸造の駐車場の一角にある。年代物の樽や、樽を解体した後の木材など、さまざまな古い部品がところ狭しと並んでいる。
使われ始めてから10年ほどたったワイン樽の前に座り、1人で黙々と作業をする小松さん。ふたをはめ込む溝を掃除して葦(あし)で隙間を埋めたり、ガスバーナーで内側を焼いたり。自然素材の葦は、樽に満たされたワインになるべく影響を与えないための配慮。内側を焦がすと「新樽のような木の香りが復活し、ワインの味が良くなる」という。
修理で多いのは「漏れ」。漏れている箇所を特定し、一度解体して漏れている部分を取り換えるなどして仕上げる。「使えそうな材料は捨てずにとっておき、別の修理の時に使う」。樽一つ一つに愛着があり、10年程度で廃棄されることも珍しくない樽に、新たな命を吹き込んでいる。

ワイン工場で樽職人の道へ

小松さんは塩尻市内の高校を卒業後、ワイン製造販売のメルシャン(本社東京)の前身、大黒葡萄(ぶどう)酒塩尻工場に就職した。当時はホーローやステンレス製のタンクがなく、木樽が主流の時代。ワインが漏れないよう、日光など寒冷地産のナラ材などで木樽が作られていた。
木製の樽やおけは発酵食品の歴史がある信州ではなじみが深い。小松さんも「(塩尻市大門四番町の映画館)東座の前に野沢菜などを漬ける木おけを作る店があり、繁盛していた」と懐かしそうに振り返る。
樽職人になろうと思ったきっかけは「木板を鉄の『たが』で固定し、開けた穴にねじを差し込んでぎゅっと締めて完成させる一連の工程が面白そうだったから」。ただ、繁忙期は小松さんも醸造作業に駆り出された。昔はふたのない開放型の樽も使っており、発酵が進むとワインが樽からあふれてしまうため頻繁にかき回す必要があり、一晩中寝ずの番をしたことも。
37歳の頃、工場が山梨県勝沼町(当時)に移転し、小松さんも移り住んだ。職人7人で樽を作る日々。イタリアから輸入した7500リットルの大型樽を、専用の道具なしで組み立てたこともあった。
定年退職後も、個人で注文を請け負うなど樽職人の仕事を継続。14年前、白百合醸造の内田多加夫社長(72)の長男が劇で使う道具を小松さんが作ったのをきっかけに、同社の敷地を借りて仕事をするようになった。
小松さんを「まじめな人柄で、技術も素晴らしい」と評価する内田社長。小松さんは同社をはじめ、山梨県内外の酒造会社からの依頼を受け、洋樽に向き合い続けている。
ホーローやステンレス仕込みのワインに比べ、樽仕込みは個性が際立ち、特に高級ワイン造りには欠かせない。「体力が続く限り仕事をしたい」と話す小松さん。半世紀以上にわたって磨いてきた小松さんの技を受け継ぐ後継者を見つけることも目標の一つだ。