“わらの価値”生か す工房「藁や」

技術伝えて「わらブームを」

「ああ、もったいない」
8年前、5人の子育て真っただ中の時だった。あかね色に染まった空の下、自宅の田んぼでわらの片付けをしていた鈴木由加利さん(48)は心底思った。
手間暇をかけて育てた稲なのに、なぜ米だけに高い値が付き、残り大部分のわらはそうじゃないんだろう…。
土地の素材で、もの作りができる人になりたいと以前から思い続けてきたが、その「素材」に気付いた。わら細工なら、わらの価値を生かせる─。2つの思いが結び付いた瞬間だった。
2年前の春、安曇野市明科東川手の自宅に工房「藁(わら)や」を構えた。わらを使って籠やバッグなどを作る傍ら、わら細工教室も開いている。
稲刈りが終わり、はぜ掛け風景が目の前に広がる鈴木さんの工房を訪ねた。

ゼロから始めて試行錯誤し習得

千葉県出身の鈴木さんは、名古屋市出身の夫の仕事のため松本市へIターンした。約10年前、「ご縁があって」今の場所へ移住。図らずも田んぼ付きの土地だった。農作業は全くの素人だったが、近所の人に教わりながら、毎年家族で食べる分の米を作っている。
土に近い暮らしを始めたからこそ生まれたわら細工への思い。子育てに追われる中でも思いを温め続けた。
一番下の子が小学校に上がった頃、参考になるものが見つかるかもしれないという直感で、日本民藝館(東京)を訪れたところ、山形県で作られた木の柄が付いた古いわらの籠に一目ぼれ。「これを作ろう」と決意し、スケッチしたり2時間じっくり観察したり。川崎市立日本民家園も訪れ、民具製作技術保存会が発行するわら細工の作り方の冊子を手に入れた。
いざ籠を作ろうとするも、手取り足取り教えてくれる先生もいなければ、道具もない。頼りは入手した冊子と民藝館での記憶だけ。道具は古民具店で見つけたり手作りしたりと試行錯誤の末、作り方を習得していった。寝ても覚めてもわらのことを考える日もある。「それが楽しい。今も日々学習です」

もの作り通して新たな出会いも

千葉大工学部の学生だった時、わらの研究をしている宮崎清教授(当時)の研究室で、もの作りを通した町おこしのフィールド調査をしに福島や新潟へ出掛けた。青森県稲垣村(現つがる市)でわら細工を体験したこともあったが、当時「わらには全然興味なかった」と笑う。「ただ、もの作りの技術を後世につなげていく暮らしに、憧れが芽生えました」
同じ田んぼで取れたわらでも、日当たりや保存場所などの条件から、白っぽいものや茶色っぽいものなどそれぞれ色が違い、個性的だ。作る時にあえて色の選別はせず、いろいろな色が交じるようにする。
「わら細工作りは難しくないんです」。プラスチックなど便利なものがない時代、人は生活用具をわらで作っていた。誰にでも作れ、全国でほぼ同じ単純な技術が残ってきたという。
写真共有アプリ「インスタグラム」に作品をアップしている。山口県下関市から作り方を教えてほしいと、年配の男性から連絡が来たことも。「わらのおかげでいろいろな人と出会えます」と鈴木さん。
自分が習得した技術を伝えることで、わら細工をする人が増えてほしいと願う。「わらブームを起こしたい」。目が輝いた。

【メモ】
「藁や」のわら細工は雑貨店「aoibiyori」(安曇野市豊科)、「工芸と喫茶ひとつ石」(生坂村北陸郷)、ホテル花月(松本市大手4)で扱っている。わら細工教室は毎週火曜午前9時~正午。初回2000円、以降1回1000円。問い合わせはメール(waraya.yukari@gmail.com)または℡080・6995・8813