2020.11.19 日本地域情報コンテンツ大賞・タブロイド部門で2年連続優秀賞

創業130年余「坂本の湯」子どもの声響く「坂元屋」へ新たな一歩

温泉と夫婦の思い引き継がれ来春保育施設に衣替え

創業130年余の歴史に幕を下ろす松本市浅間温泉の老舗温泉旅館「坂本の湯」。19~21世紀、明治~令和へと、長きにわたり時代の変遷を見守ってきた温泉旅館に来春、未来を担う子どもたちの明るい声が響く。
現在の旅館は、4代目主人の滝沢龍彦さん(74)と妻の真理子さん(69)が、部屋数は少なくても行き届いたもてなしができる旅館を-と、30年前に建て替えた。「閉めるなんて夢にも思わず、楽しくやってきた」と真理子さん。時代は流れ、夫婦は高齢に。料理全般を担ってきた龍彦さんが3年前に体調を崩したことなどから、廃業を決めた。
かつての屋号「坂元屋」の名を冠し、来年4月にスタートする子育て施設には、旅館の「宝物」である源泉かけ流しの温泉と夫婦の思いも引き継がれる。

旅館の「宝物」源泉かけ流し

「坂本の湯」は、伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任した明治18年(1885年)の創業。源泉から一度も空気に触れずに湯口まで独自に引いてくるかけ流しの温泉は、質の良い温泉を求めて県外からも客が訪れるほど。皇族のほか、指揮者の小澤征爾さんも利用してきた。
その旅館をやめることを周囲に話したところ「老人施設にしてはどうか」との声も掛かった。思い入れのある場所だけに、自分たちも住み続けたい|。それが後利用を決める際の絶対条件だった。
模索する中で真理子さんは、子育て中の母親が、両親や親戚も近くにおらず頼れる人がいないため苦労しているという話を聞き、「これからは子ども。若いお母さんを助ける施設にできないか」と考え始めた。そんな時に出会ったのが、自然保育に関心がある柳沢林業(同市岡田)の原薫社長(47)だった。
「いい親にならなければ、と苦しむ母親が多く、それが子どもにも影響してしまう。もっと楽しく自分を肯定しながら、気持ちに余裕をもって子育てできたら」と、母親へのサポートの大切さを感じていた原さん。自身の会社にも子育て中の社員が多く、Iターンなどで親族が地元にいない社員もいる。子どもや家族が病気になった時などは業務への影響も少なくなく、対策の必要性を感じていた。
滝沢さん夫婦も原さんも、子育て世帯をサポートしたいとの思いはあるものの保育は専門外。そんな中、今春、市内で認定こども園深志を運営する社会福祉法人州浜(すはま)会の理事長・園長の海野暁光さん(51)と知り合った。「中心市街地で保育する子どもたちに、もっと自然を体感させられる。手伝いましょう」。海野さんは浅間温泉の環境を見て後利用に手を挙げることを即決した。

寂しさよりも変わる楽しみ

3階建ての建物(延べ779平方メートル)をリフォームし、1階は0~2歳児対象(定員19人)で州浜会が経営する「小規模こども園坂元屋」と、滝沢さん夫婦が営む自慢の外湯に。「坂元屋」は、創業前に養蚕業を営んでいた頃の屋号だ。保育所と外湯は同じ入り口でロビーも共有スペースにする。「幅広い世代が交流の場になれば」と真理子さん。
2階は、坂本の湯で現在も開く女性専門子宮ケアサロン「ハナ」が引き続き利用。ほかに、親子が気軽に交流し子どもを預けて仕事やリフレッシュするなど多目的に使える子育てサロン、子どもや母親が病気などの緊急時にも対応できるような仕組みも考えている。裏山を、子どもたちが遊べて浅間温泉を訪れた観光客向けにも散策できる里山に整備する構想も描く。
市の子育てサポーター訪問事業の講習を受け、自分も後継施設に関わるために準備を進めている真理子さん。「さみしい?と聞かれるが、感傷的になっている暇はない」と言う。「ご先祖様が代々続けてきた旅館を閉めるといったら罰が当たるのでは、と思う時もあった。でも、ありがたい出会いをもらい、昔の名前も残り、今は寂しさよりも変わる楽しみの方が大きい」
責任感が強く、これまで出掛けることも少なく旅館を守ってきた龍彦さん。「自由な時間を持てるのはうれしい。動けるうちに今までできなかったことをやりたい」と、明るく前を向いた。