2020.11.19 日本地域情報コンテンツ大賞・タブロイド部門で2年連続優秀賞

ブナ林のひそやかな光 小谷村雨飾高原闇夜のツキヨタケ撮影に挑む

10月上旬から11月初めにかけ、小谷村の雨飾高原で闇夜のブナ林でほのかに光るツキヨタケの撮影に挑んだ。脳裏に描く構図は、山深いブナの林でひそやかに明かりを放ち、星空と共演する光景。実行するとなると、極めて難易度が高い撮影の上、熊との遭遇という危険も伴う。多くの人は見る機会がない幻想的なツキヨタケの姿と共に、難儀した1人での撮影の模様を紹介する。

残雪の林で撮影木探し

撮影する木を探したのは、残雪期の5月下旬から6月中旬。ブナが芽吹き、木の周りだけ雪が解ける「根開け」の時季だ。林床のチシマザサ(根曲がり竹)や灌木(かんぼく)類がまだ残雪に埋もれていて歩きやすく、林内の見通しがいいからだ。
雨飾高原の他に、飯山市の鍋倉山、木島平村のカヤの平のブナ原生林も探した。
この春は、雨飾高原に向かう道路の除雪が大幅に遅れ、小谷温泉から徒歩で入山、探し歩いた。雪上部分の直径が1・1メートル、高さ約8メートルで幹が折れたブナの枯木を探し当てた。長年の経験と、木の腐敗度からツキヨタケが発生すると判断。アクセスや撮影条件の利便性から、このブナを撮影木と決めた。

撮影障害の熊対策

撮影するのは、熊のすみかの真っ暗なブナ林の中である。このため、危険を回避する方法を考えた。
10月16日、撮影木の周辺を偵察。1キロほど離れた場所で熊のふんを見つけた。その量からしてかなり大きな熊だ。内容物を調べてみると、アケビ、ヤマブドウの種、トチの実にキノコもあった。この秋は不作のブナの実をはじめとするドングリの皮がほとんどない。他のふんも探したが、見つからなかった。
冬眠前の熊は脂肪分を蓄えるため、餌を求めて行動が活発になり、里山や人家近くへ移動した可能性がある。近くに熊が少ないこの秋は、撮影のチャンスだ。
信濃毎日新聞写真記者時代の32年前の春、栄村・秋山郷での連載写真企画の熊取材で小赤沢猟友会の福原直市さん(故人)が語っていた熊の習性が脳裏に浮かんだ。「熊は意外に憶病。だが嗅覚と聴覚が鋭い。火薬の臭いには特に敏感だ」。この教えがヒントになった。
20日からいよいよ撮影開始。撮影木を囲むように、花火の煙幕12本を使って林床に煙を吹き付け、火薬臭の“防護柵”を作った。撮影日のたびに同様の臭い付けをし、熊に「この先、危険」と感じさせるのが目的だ。熊に恐怖感を与える爆竹は使わなかった。
他に熊よけの鈴、携帯ラジオ、ホイッスル、熊撃退用スプレーを持参し、5回に及ぶ撮影に臨んだ。

難易度の高い撮影に挑戦

ツキヨタケは、「月夜茸」と書く。だが月があると、ツキヨタケが発する光が月明かりに負け、撮影できない。暗闇に慣れた目でも、発光はかすかに分かる程度だ。
25日、ツキヨタケの成長がピークを迎えたが、不運にも日増しに満月に近づく。月没後、撮影することにした。
ところが、問題が発生。ツキヨタケは、大木の高さ5メートルから先端部にかけ群生し、表現しようとする構図にするには、地上からの撮影では厳しい。4メートル強の脚立を急きょ設置し、上部に三脚を固定しての撮影となった。
長年脳裏に描いてきたレンズの特性を生かした構図に近づき、胸が高鳴った。
星空が広がり撮影を始めると曇る。変わりやすい信越境の気象に何度も惑わされた。ツキヨタケの光と輝く星の極端な露光値の差。幾つもの撮影条件を克服し全てのタイミングが合わなければ撮れない。それは写真の表現力への挑戦で、技術をどう発揮するかという自分との闘いでもあった。
撮影に成功した27日、ラジオのスイッチを切り、静まりかえる暗いブナ林に溶け込んでみた。ほのかに光るツキヨタケを前に見上げる冬の星座の輝きがにじんで見えた。32年前のフィルムカメラ時代に描いた夢が、多機能のデジタルカメラ時代の今かなえられた瞬間だった。
栄村の小赤沢猟友会が崇拝する秋田またぎ(猟師)の精神にあやかり、撮らせてくれた大自然の山の神と生態系の頂点の熊に感謝し撮影を終えた。
(丸山祥司)

【ツキヨタケ】ハラタケ目ホウライタケ科ツキヨタケ属のキノコ。日本の他に極東ロシアや中国東北部にも分布。ムキタケに似ていて誤食すると、おう吐、腹痛、下痢などの症状がみられる毒キノコ。暗闇で光ることでも知られるが、ランプテロフラビンという成分の生物発光によりヒダの部分が光るとされる。