Iターン組活躍「安曇野もったいない隊」

民家の庭先などでたわわに実った柿。秋から冬にかけての安曇野の風物詩だが、それを所有者の許可を得て収穫し、干し柿にしている人たちがいる。その名も「安曇野もったいない隊」。
隊長は、2015年に東京から安曇野市へIターンした喜多澤ぽちさんこと北澤千穂さん(55、穂高有明)。周辺でよく見掛ける柿の実を「そのままにしておくのはもったいない!」とIターン仲間に声を掛け、18年から干し柿作りを始めた。
放っておくと朽ちるだけの渋柿の実を、ネットなどを通じて集まった賛同者と収穫。干し柿にして直売所などで販売する。安曇野市のふるさと納税返礼品にも選ばれた。「もったいない精神」から生まれた「安曇野もったいない隊」とは─。

見落としがちな「宝」を生かす

秋のある土曜日。安曇野市穂高有明の民家の庭に喜多澤ぽちさんら計4人が集まった。諸事情で手入れができなくなり、伸び放題になった枝を剪定(せんてい)したり、柿を取ったり。
メンバーの1人、伊藤広宣さん(48、三郷温)ははしごに登り、枝ごと切って柿を収穫した。やはり東京から20年前にこちらへ来たIターン組だ。この日は初参加。「『もったいない』という趣旨がいい。みんなでわいわいと作業するのが楽しい」と話す。
松本市から参加した30代の松藤恭子さんと40代の菅原友子さんはママ友のIターン組。菅原さんは干し柿が大好きで、毎年柿を買って作っているが、庭先などに放置されている柿の木を見て「ほしいけど声を掛ける勇気がなくて」。松藤さんも「庭になっているのに取らないなんてもったいない」。都会からのIターン者にとっては庭先の柿の実は宝物のように見えるという。
喜多澤さんは父が大町市出身。引退後は信州で暮らそうと、家族は20年前に安曇野市に移住。喜多澤さん自身は移住するまで、平日は都内の会社で働き、金曜日の夜に高速バスに飛び乗り、日曜日に都内へ帰るという暮らしを続けていた。
信州の食べ物や空気がおいしいと感じ、自身も移住した後に農業をしたいと思った喜多澤さん。だが、周囲から漏れてくるのは「もうからないよ」。逆に奮起し、「何とかして農業を繁盛させ、みんなを笑顔にしたい」と農業に携わるようになった。

干し柿隊の名で活動をスタート

安曇野の暮らしを満喫する中で、民家の庭にあった柿に目が行った。「どうして取らないのだろう」。素朴な疑問が湧いた。「親の代まで干し柿を作っていたが自分は興味ない」と持ち主。同様に実が利用されずにいる木も多いはず|。「何とかしたい」。Iターン仲間に呼び掛け、18年から「安曇野干し柿隊」として活動を始めた。
隊といっても、決まったメンバーがいるわけではない。活動日を決め、フェイスブックで呼び掛けて集まる。いずれも民家の庭先で収穫されずにいる柿の実を「もったいない」と思う人たちだ。
作業の報酬は取った生柿か干し柿。急な呼び掛けもあり、「誰も来ない日は1人で泣きながら取ったこともある」と喜多澤さん。
柿は知人のビニールハウスを借りるなどして干し、「安曇野もったいない柿」として安曇野スイス村ハイジの里で1パック420円(200グラム)、1050円(500グラム)で販売。「仕事の創出にもつなげたい|と、皮むきなどは障害者就労支援施設に依頼し、売り上げの中から作業代金を支払っている。今年は2000個作るのが目標だ。
柿の種類は筆柿、蜂屋柿、平柿などさまざま。味もそれぞれ異なるが「それが自然の恵みを生かして作った干し柿」と喜多澤さん。干し柿にならなかった柿はスライスし、柿チップとして販売を始める予定だ。
もったいないのは柿だけじゃない、廃棄農作物や受け継ぐ人が減っている漬物の技などさまざまな「もったいない」がある|。そう感じ、昨夏、「安曇野干し柿隊」を「安曇野もったいない隊」に名称変更した。コロナ禍で全国のさまざまな祭りが中止になって行き場のなくなった屋台のリンゴあめ用の姫リンゴ、アルプス乙女も収穫し、軽トラ朝市で販売。今後は、みそ造りにも取り組みたい考えだ。
目標は「安曇野を繁盛させたい」「安曇野とIターン者をつなげたい」。その核に「農」を据える。アイデアや知恵をしぼり、地元の人が見落としがちな「宝」を集め、生かしていく挑戦は続く。
詳しくはフェイスブック(「安曇野干し柿隊」で検索)。