24歳「銭湯」に新しい風を

来春から本格始動「富士の湯」4代目阿部憲瑞さん

松本市の住宅街の一角で、1936(昭和11)年から続いている銭湯「富士の湯」(本庄2)。今年の10月で創業85年目に入った。
平成生まれの記者から見ると、建物内部の雰囲気は、まさに「昭和レトロ」。昭和生まれの人には、懐かしく落ち着くたたずまいなのかもしれない。
だが、各家庭に風呂が当たり前にある時代の銭湯経営は厳しい。さらに追い打ちをかけるように、今年はコロナ禍という逆風にも見舞われている。そんな銭湯を、4代目として継ぐ決意を固めた若者がいる。阿部憲瑞(のりみつ)さん(24)。友人らの協力も得て、新しい試みも始めた。
今はいったん富士の湯を離れ、県外で修業中。地域の「憩いの場」として、理想の銭湯像を描きながら、本格的な経営引き継ぎに向け来春、松本に戻る。

若者とお年寄りの交流の場に

常連客や友人の応援に感謝して
「富士の湯」を創業したのは、阿部憲瑞さんの曽祖父。父で3代目の憲二朗さん(64)は、銭湯を取り巻く状況から「自分の代で終わり。湯を閉めよう」と考えていたという。
憲瑞さんは両親が共働きだったため、子どもの頃、ほとんどの日をこの銭湯で祖母と過ごした。学生時代はバンド活動に熱中。CDを出したり、月3回ほどライブを開いたりするほど。練習後はバンド仲間と実家の銭湯で汗を流した。
高校卒業後は大学進学のため上京。バンド活動を続け、その道に進みたいとも考えていたが、大好きだった祖母が他界。祖母との思い出が詰まった富士の湯を「絶対になくしたくない」と思い、4代目となることを決めた。「残してくれてありがたい」「応援している」。事業継承を知った常連客からも感謝の言葉をもらった。
それからは、憲瑞さんの高校時代のバンド活動で知り合った知人に富士の湯のロゴを考えてもらったり、中学の同級生に宣伝のチラシを作ってもらったり。珈琲茶房かめのや(同市大手4)とのコラボレーションで、疲労回復やリラックス効果が期待できる「珈琲(コーヒー)風呂」も始めた。
「1人では全くやれないが、地域のつながりがあって新しいことにも取り組めている。いろいろなつながりを深めていきたい」と話す。
それからは、憲二朗さんと2人で協力しながら、今夏には3週間の臨時休業をしてタイルの張り替えや100個近くある蛇口を外して清掃するなどしてリニューアル。浴場から見渡すことができ、創業当時からほとんど変わっていない自慢の庭も、夜間、ライトアップを始めた。
リニューアル中に人手が足りず、SNSでボランティアを募集。信州大に通う学生3人が手を挙げてくれた。杉橋雅優さん(20)、志澤啓公さん(21)、佐藤翔斗さん(19)。杉橋さんは富士の湯を利用しており、「4代目の銭湯への思いに共感した」と、他の2人を誘って参加。ボランティアはその後計5人となり、現在も浴場内の清掃を手伝ってくれている。

信大生とも連携利用特典提供も

「これからは若者にももっと来てほしい」と憲瑞さん。「頑張っている学生、若者を応援したい!」と、松本市と信大の学生が取り組む協働プロジェクト「まつもっと」とも連携し、市公衆浴場組合に加盟する8つの銭湯を利用した学生には何らかの特典が付くようにした。同銭湯ではステッカープレゼントもしくはドリンク1杯無料で提供する。
銭湯を、若者とお年寄りがコミュニケーションできる場にしたいという。そのために、自身が好きな音楽を生かしたイベントなども考えている。「富士の湯だけでなく、松本市内の銭湯を守っていきたい。各銭湯にそれぞれのよさがあり、できることはどんどん行動して県全体の銭湯を盛り上げたい」と意気込む。
これまでに、京都、大阪、東京、徳島などさまざまな銭湯で勉強し、現在は都内にある「東京浴場」に住み込みで店長を務める。
憲二朗さんは「銭湯に求めるものは人と人との触れ合いだ」と感じている。「地域の集合場所でありたい」。経営者としての思いはそこにある。4代目や学生らの若い発想を楽しみに「お手並み拝見ってところですかね」と優しく見守る。
富士の湯は火、木、日曜定休。営業時間午後3~8時。電話36・5395。