100前の石積み美しい水路守る

先人の技術と功績を後世に

30センチほどの自然石が見事に組み合わされ、山の斜面に敷かれている。明治、大正時代に築かれた「張石(はりいし)水路」。水害や土砂崩れを防ぐ砂防施設だ。松本市の南東を流れる牛伏川の上流域に点在している。
そのうちの一つ「泥沢」沿いの斜面に敷かれた張石水路を、松本市内田の三澤明男さん(79)が6年かけて掘り起こした。約100年前に造られ、ほとんどが埋もれていた。右岸と左岸で計11本、総延長は約1キロに及ぶ。
8年ほど前、現地調査に同行した際に美しい石積みを見つけ、重機も発達していない時代にこれほど精巧な施設を造り上げた先人の技術に敬意を抱いた。その功績を後世に伝えたい|と、落ち葉や土を取り除くなど、今も手入れを続けている。

自然石で組んだ精巧な水路構造

牛伏川上流には数々の砂防施設があり、代表的なのは、国重要文化財に指定されている牛伏川階段工(フランス式階段工)だ。泥沢はそこから1・5キロほど上流に位置する。
「連岳橋」駐車場から歩いて約40分後、泥沢に到着した。「穏やかな場所でしょう」と三澤明男さん。太陽に照らされた斜面を見回すと、あちこちに張石水路が広がっていた。自然石だけを精巧に組み合わせ、さらに皿形に仕上げた「空石(からいし)張り」という構造だ。
張石水路の頂上から下に垂れているロープが気になった。聞くと「作業の時、落ちないよう命綱にしている」と三澤さん。近くにはツルハシやシャベル、ほうきなど多くの道具が置いてあった。「世の中が『テレワーク』なら私は『山ワーク』。体を動かす場所があってありがたい」とほほ笑む。
三澤さんは地方公務員を定年退職後、内田に住まいを構え、ボランティアで牛伏川周辺の倒木や流木の片付けを始めた。張石水路を初めて知ったのは、県内の研究者や技術者らでつくる「土木・環境しなの技術支援センター」の理事と現地の様子を見に行った時だ。
普通の斜面に見えたが、土砂に埋もれた一角に石積みの一部を見つけた。近づいてよく見てみると、1つの石の周囲に6つの石を組む「亀甲積み」が穏やかな丸味を帯びて出ていた。「何とも繊細で美しい」と、つい見とれたという。そこから上部を見上げると、くぼ地が尾根に向かって延びており、張石水路があると分かった。

掘り起こすことライフワークに

牛伏川は鉢伏山横峰から流れ下っており、勢いが強く、周辺の斜面ももろい。江戸時代から何度も土砂災害を引き起こす「暴れ川」だった。
砂防施設があることで地域の安全が保たれていることを実感した三澤さん。ライフワークとして掘り起こすことを決めた。作業途中だった他の場所を整備し、6年前から泥沢に専念した。
土や枯れ葉、枝などは深さ30センチほどから深いところで1メートル以上も積もっており「大変なことを始めてしまった」と思う時もあった。作業に集中し、やぶ蚊に顔を20カ所刺されていたり、クロスズメバチに刺されたり。急な斜面を数十メートル滑り落ちてしまった時もある。
年間270日ほど作業に通う毎日だが「苦労より、水路が見えてきた時の達成感の方が大きい」と三澤さん。美しいチョウや近くまで来るシマリスなど、一帯に生息する生き物たちにも励まされた。倒木などを片付け、いすやテーブルを手作りし、沢沿いに遊歩道を整備するなど憩いの場も設けた。
ここ数年は、フランス式階段工を見学したり、近くのキャンプ場で遊んだりする人が増え、足を伸ばして泥沢を訪れる人も。「張石水路や清流、周辺の景色を気に入る『泥ファン(泥沢のファン)』が増えてきているのも張り合い」という。
ほぼすべての水路復元を終え、今後は近くの登山道を整備するほか、枯れ葉や土などを定期的に片付け、水路が見える状態を保っていく。
「泥沢は急坂で工事は難所だったと思われる。そこで命がけで作業してくれた苦労に報いることと、多くの人に知ってもらうことができればうれしい」と三澤さん。先人の技術と大自然に魅せられ、今年も山に通う。