塗装業一筋60年 平谷操さん

市野球場ラバーフェンス ボランティアで塗装

大規模改修工事中の松本市野球場(浅間温泉)で、ツヤツヤの緑に仕上がったラバーフェンスを指し「きれいでしょう」と胸を張った。平谷操さん(82)。1964(昭和39)年の東京五輪選手村など、松本平だけでなく全国でいろいろな物を塗ってきた、この道一筋60年余の大ベテランだ。
塗装業「コートシステムヒラヤ」(小屋北1)の会長を務める。1月中旬から約1カ月かけ、会社の職人を率いてグラウンド全体を囲うラバーフェンス約600平方メートルを塗装。職人が交替で手塗りを3回重ねて仕上げた。
小さい頃はよく野球で遊んだという平谷さん。以前、テレビに映った同野球場内部の色あせが気になり、塗り替えさせてほしい|と市に申し出て、改修工事の予定に入っていなかったラバーフェンスをボランティアで塗装することに。フェンスがそれまで塗ったことのない素材で、塗料探しから始めた。「きれいになった球場で思い切りプレーをしてほしい」と願いを込める。
中川村出身。赤穂高校を卒業後、都内の建設会社に入ったが倒産し、下請けの塗装店に誘われて住み込みで修業した。65年に27歳で「平谷塗装店」を東京都昭島市に開業。現場で知り合った松本市内の塗装店から仕事を紹介され、74年に松本へ移転した。
「良い材料を使う、仲間を大切にする、値切らない」がモットーだ。「とにかく面倒見がいい人」と、工事部長を務めた米山総一さん(71)。平谷さんに腕を買われて埼玉県から家族で移住、共に会社を盛り上げてきた。
第1回南極越冬隊が現地に設置する宿舎の建材、皇室が泊まるホテルの部屋、河童橋をはじめ上高地に架かる橋…。「貴重な仕事をたくさんさせてもらった」。自身の塗装の歴史が思い出と重なる。
「塗装業は楽しい。街に色をつくっていけるから」と平谷さん。「100年企業」へと橋渡しするため、まだまだ頑張るつもりだ。