[創商見聞] No.57 田中 隆一 (大信州酒造)

食卓の片隅にある工芸品目指して

コロナ苦
 コロナ禍が広がり緊急事態が宣言された昨年4月、売り上げは前年同月比47%と半分以下になり、経験したことのない事態にとても怖くなりました。5月には計画を大幅に見直し、売上予測を下方修正して事業計画を見直しました。
 6月からは前年実績を超え始めましたが、うちだけでなく、全国ほとんどの酒蔵が厳しい状態で、先の見通しも立たず、不安な状況が続きました。
気づいたポイント
 不安が続いたコロナ禍ですが、会社としては「気づき」につながる一面もありました。
 基本的に販売先は飲食店向けと個人向けです。飲食店売り上げと個人売り上げの構成比は分かっていたつもりでしたが、精緻に見直すことができました。
 「良いマグロは豊洲市場で仕入れる」という感覚に近いのですが、全国のおいしい地酒を取り扱う飲食店さんは、酒蔵から直接仕入れるのではなく、地酒を専門に扱う酒屋さんから仕入れます。「今、旬なお酒」や「欠かせない定番」など、全国の酒蔵さんにネットワークを持つ業界通な酒屋さんなどと情報交換しながら仕入れてます。
 緊急事態宣言で飲食店が閉まり、酒屋さんの売り上げは大失速。わが社の売り上げも激減し、「うちのお酒は売れていたのではなく、(酒屋さん、卸業者さんが)売ってくれていた」ということを再認識させられました。
 6月から売り上げは平常に戻ったので、弊社のブランド力は他社に比べて強い部類に入るのかもしれませんし、支えていただける個人客層の底堅さも実感できました。
 でも、コロナ禍を平然と乗り切れるほどではない。現実は「いかに業者に依存し、いかに調子こいてた(調子に乗っていた)か」ということを思い知らされました。
次世代経営者育成塾
 「強い会社=売り上げが大きい」ではないと思っています。減収となったコロナ禍で、今まで以上に感じます。 
 弊社の現状は次世代を見つめるというよりまず足元、今の世代の経営をもっと強くしなければならないという思いがあります。
 30代後半から東京へ経営者の勉強会に通っています。「普段の業務と、経営は違う」ことなどを学び、とても大切な勉強の場になっています。
 本当は幹部社員も一緒に学び、方針をスピーディーに現場に反映できたら良いのに―と感じていました。  
 昨年、松本商工会議所から「次世代経営者育成塾」を紹介されました。次世代ではなく今の世代が、企業経営に対する感覚を共有してもらいたいと、専務2人にワンクール全8回、参加してもらいました。
 専務の話では▽事業課題解決のプロセスで、「覚悟」を持って決定することがいかに大切か▽常に最善を意識できているか自問自答する習慣を身に付ける―など、今後の経営に臨む姿勢に役立つポイントを学べた、と聞きました。
 セミナーには本年度も継続して参加してもらい、今いる世代と経営ビジョンを共有したいと思っています。
全面リニューアル
 コロナ禍に見舞われるまでのここ数年間、商品は品薄状態でした。ありがたかったのですが、過度な供給量不足はマーケット的には問題で、やがて市場から相手にされなくなるかも、という危機感もありました。 
 10年ほど前から計画していたのですが、昨年8月、全施設を全面リニューアルしました。大きな目的は「チームで勝つ」です。
 日本酒の品質を左右するのは杜氏と言われます。大信州にも、今の蔵の土台を築いた、まれにみる名杜氏がいました。しかし、レストランでよく言われる「料理長が代わったら味が変わる」のように、杜氏が代わったら味が変わるようではいけない。
 杜氏制度を飛び越えないと、蔵が将来繁栄することは難しい。杜氏に頼らず蔵の力で造る。人の名前ではなく蔵の名前が前に出てこなくてはいけない。「チームで勝つ」です。
 杜氏制度は5年ほど前から廃止しました。
 「大量生産、大量消費」から「多品種少量生産」へと時代は変わり、お客さまの飲み方も多様化しています。
 酒蔵は損益分岐点が高いです。タンクなどを増築し、施設拡張すれば生産本数も上がりますが、量産するために蔵を新設したわけではありません。手作りを極め、さらに品質を向上させるためです。
 搾りから最短で3日、長くても2週目の酒を瓶詰めし、冷蔵庫で瓶貯蔵する製法にしています。やはり搾りたて、生まれたての酒はうまいです。早くお客さまの口元に届けたいという思いが湧きます。
「工芸品」目指して
 ラベルに「天恵の美酒 大信州」とうたってあるように、うちの酒は、北アルプス山麓の風土、良い米と良い水が育んでくれる「天の恵み」です。私たちの仕事はそこにちょっと介添えするだけ。この場所は酒造りにふさわしく感じます。文明ではなく文化あるこの土地だからこそ、「大信州」の究極の姿は「工芸品」と考えています。
 日本酒の「1升瓶」や「お酌」の文化が細くなってきたことは残念です。でも、逆に「家呑み」文化は大きくなってきた。10年、20年後にも、食卓の一角に大信州があることを願って、今の代の経営を強くしていきたいです。

【たなか・りゅういち】 60歳、松本市島立出身。東京農業大学醸造学科卒、1987年入社。2005年12月に5代目代表取締役社長就任。

「大信州酒造株式会社」

松本市島立2380
☎0263-47-0895