35歳でプロボクサーに 長田さん「聖地」後楽園で念願のデビュー戦

国内最高齢でボクシングのプロテストに合格した35歳が2日、ボクシングの「聖地」後楽園ホール(東京都)で念願のプロデビューを果たす。
松本市里山辺の長田圭吾さん。松本ACE(エース)ボクシングジム(同市渚2)に所属し、昨年10月にプロになった。
アマチュア時代は15年間にわたる。その間の試合数はわずか5戦で、成績は1勝4敗。幾度もけがに悩まされた。試合機会にも恵まれなかった。思い通りにならないボクシング人生。常にボクシングをやめるか、続けるかの瀬戸際に立たされてきた。「俺の拳の行き先はどこなんだ」。何度も自問自答した。
だが、ついにその答えを出す時がやってくる。プロとして初めて上がるリング。そこからは、いつもと違う景色が見えるはずだ。

「可能性がある限り諦めない」

デビュー戦を1週間後に控えた3月26日、長田圭吾さんは、所属する松本ACEボクシングジムで、トレーナーの塚本勝弘さん(50)を相手にミット打ちなどをして最終調整をした。
長田さんにとって10年以上ぶりとなる2日の公式戦は、61・6キロ契約の4回戦。相手は自身より10歳以上も若いスコーピオン金太郎さん(三谷大和ジム)だ。「がんがん前に出てくる」と予想、長いリーチを生かし、距離を取って得意の右ストレートを打ち込む戦略を立てつつ、「性格的に出入りするボクシングは好きじゃない。自分も前に出て打ち合う」構えも取る。「勝つ自信がなければリングに立たない」と言い切った。

度重なる試練…崖っぷちの挑戦

宮田村出身。幼い頃はやんちゃで、友達に手を出しては親に怒られた。15歳の時に見た日本ボクシング史上、屈指の名勝負といわれるWBA世界ライト級タイトルマッチ、畑山隆則対坂本博之戦に影響を受け、「人を殴っても許されるのはこれだ」と思った。
ボクシング部のある大学を探して茨城大に進学。念願の競技を始めるが、2年時のデビュー戦で負けた上に左肩を脱臼。3年時に初勝利を挙げたものの大学時代は通算1勝3敗で終わった。卒業後は、信州にUターンし警備会社に就職。アマチュアで続ける道を探ったが、試合機会が乏しいことからプロ転向を決意した。
試練は続く。スパーリング中に古傷の左肩を2度も痛め手術。復帰し、32歳で初めてプロテストを受験するが不合格に終わった。仕事も忙しくなり、十分に練習時間を確保できなくなると「ボクシングができないストレスで参りそうになった」と長田さん。
2019年6月に会社を退職。カイロプラクティックの資格を取得し、自宅で開業。2つのアルバイトで生計を支えた。気付けば34歳。日本ボクシングコミッションの規定によるプロテストの受験資格は34歳まで。もう後がなかった。「今、受験して合格する実力があるのか。いよいよ潮時か」と悩んだ長田さん。ジムの髙山祐喜会長(35)に「受験させる約束をしただろ」と背中を押された。
当初、長田さんが受験するはずだった昨年3月のテストはコロナ禍で10月に延期。35歳になっていた長田さんは特例で受験が認められた。合格の知らせは受験後の帰りの車中、髙山さんからメールで届いた。
「自分と同じ年でここまで頑張っているのはすごいこと。どこまでいけるか楽しみ」と髙山さん。「何事も可能性がゼロになるまで諦めない姿を見てほしい」。ボクシングの試合を体現するかのような人生を歩んできた長田さんはそう決意を話し、拳を握った。