「エシカルおばさん」活動への思いとは

「やればできる」好奇心衰えず

「倫理的」といった意味を持ち、社会や地球環境、地域に配慮した考え方を指す「エシカル」。塩尻市広丘原新田の河上陽江さん(62)は「エシカルおばさん」を自任し、エシカルな社会・暮らしを目指して活動する。
持ち前の好奇心と行動力でさまざまな知識や経験を身に付け、アンテナにかかったことには次々取り組み、交流も広げる。そんな中で4年ほど前、「エシカル」という言葉に出会った。昨年7月には環境問題を考えるきっかけづくりや、コロナ禍で活動の場を失った作家らの支援に向け、「エシカルマルシェ」を始めた。
「それって、エシカル?」。日常会話の中で、孫たちにそう聞くことも増えた「エシカルおばさん」に、活動への思いを聞いた。

作家支援や再利用コロナ禍活動広げ

河上陽江さんは、塩尻市市民交流センターえんぱーくと、北部交流センターえんてらすで「エシカルマルシェ」を主催する「えんプロジェクト(塩・縁・円)」の代表を務める。
エシカルマルシェでは「私たちができるSDGs」と題し、クラフト作家らの作品の展示販売や、天然素材を使った入浴剤作り体験などを開催。不用品も回収し、地元の業者を通して海外などでのリユースに役立てる。CDやDVD、ゲームソフトなどは「ブックオフ」の取り組みを活用、収益は子ども食堂支援に充てる。3月からは新たに中学や高校の制服回収も始めた。
えんプロジェクト立ち上げのきっかけとなった、新型コロナウイルスに関する偏見や差別をなくす願いを込めた「シトラスリボン」の活動も進める。サッカー松本山雅FCの開幕戦では、パブリックビューイング抽選会の景品として、シトラスリボンのマスクチャーム(飾り)と模様入りの不織布マスクなどをセットにした「エチケットマスクキット」を寄贈した。

環境問題への意識留学契機に芽生え

小学生のころにアメリカ在住のペンフレンドと文通を始め、同国への思いが強かったという河上さん。3年生の夏から1年間、公費留学生としてニューメキシコ州のアラモゴードシニアハイスクールへ。「やりたいと思ったことは、やればできる」との思いを強くしたという。同州は、1945年7月16日に史上初めて原爆の実験が行われた場所。自身の誕生日と同じことに因縁を感じ、環境問題に目を向けるきっかけになったという。
帰国後は国際商科大(現・東京国際大)に進学。25歳でIターンし、松本商工会議所で共済などを担当し、イベントの企画やラジオ番組への出演などさまざまな経験を積んだ。
好奇心の強さからさまざまなことに挑戦。49歳でアロマコーディネーターの資格を取得し、さらに一般社団法人「臨床ゲノム医療学会」で学び「ゲノムキャスター」に。ほかにもマグネット健康吹き矢のインストラクターなど、広く深く活動を展開する。
エシカルな活動は10年前、震災復興イベントに関わる中でバラ農家の支援活動や不用品を海外でリユースする仕組みの存在を知ったのがきっかけ。4年前に知った「エシカル」という言葉と自身の活動が重なり、昨年10月に出合った本「こどもSDGs」に感銘を受けて同書の受託販売を始めた。監修者からブックオフのプロジェクトも教わり、マルシェに導入した。
ほぼ手弁当で活動を続ける河上さん。理由を尋ねると「人のために、なんていうとおこがましいけど、誰かが喜んでくれるのがうれしい。良い物や大事な情報を発信したい」。若いころ、留学を通じて感じた「やりたいと思ったことはやればできる」との思いは、今も健在だ。