伝統の沈金技術を応用 漆芸家石本愛子さん

ユメックスアリーナのエレベーター扉を彩る「瑞木光明」。1階(左)は若者の息吹や春を、2階は輝きや秋をイメージした

柔らかく繊細独自の表現

木曽漆器の里、塩尻市木曽平沢の「うるし工房石本玉水」にあるギャラリー。春の風景だろうか、繊細なタッチと淡い色のグラデーション、木々に降り注ぐ光は輝く。見る角度によって発色が違い目がくぎ付けになる。パステル画のようなこの作品が、漆芸で作られたことに驚く。
作者は漆芸家の石本愛子さん(67)。日本伝統の沈金技術を応用した独自の「伏漆彩(ふししっさい)沈金」に取り組む。
伝統的な沈金は、漆の表面に文様を彫り、金を埋め込む。これに対し、伏漆彩は色漆を塗り重ねた後に文様を彫り出す技法だ。
漆の重厚感と金の輝きによる独特の光沢はろうそくのほのかな明かりによく映えた。電灯が照らす現代に合う柔らかい沈金を表現したい─。そんな思いで伏漆彩に打ち込む石本さんを訪ねた。

時代に合う漆次世代へ

漆の香りが漂う工房で、石本愛子さんが金色の板を彫ると緑色の文様が出てきた。
「ファジー感を出したい」と、独自に生み出した伏漆彩沈金。さまざまな色漆で文様を描き、その上に全く違う色漆を伏した後に再度、彫る。重ねた色が融合した淡い雰囲気は、漆黒に金色が映える伝統的な沈金とはまた違った魅力がある。
現在手掛けるのは常圓寺(伊那市)の納骨堂の壁画。高さ2メートル、長さ11メートルという最大作だ。どこにどんな色を載せるか細密に考えて紙に記録するほか、伏漆彩を試作しながら色のイメージを固めていく。やり直しのきかない本番に向け、とても大切な作業になる。
池田町出身。高校3年生の時、物作りの道に進みたいと有数産地の木曽漆器を選んだ。職人の世界に入るにあたり、父は「食えるようにならなければいけない」と条件を出した。昼間は漆器店で修業し夜は塗りや絵の教室へ。木曽高等漆芸学院の1期生に。同期で、代々漆器工房を営む家に生まれた則男さん(73)と出会い結婚した。
当初は伝統的な沈金を作り、20年ほど前から伏漆彩を始めた。美術展にも応募。数々の賞を受け、2019年には現代の名工に選ばれた。4月に開館した塩尻市総合体育館YOUMEX(ユメックス)アリーナのエレベーター扉の装飾も手掛け「若者を応援できる作品にしたい」とデザインを練った。

女性職人として道を切り開いて

数少ない女性職人として道を切り開き、沈金刀で彫る姿には強い意志が宿るように見える。「いつも試行錯誤で納得できない作品もある。だからその都度、新たな気持ちで進んでいけるんです」。物腰は穏やかだ。
技術だけでなく使う人も育てていくのが課題という。コロナ禍で家にいる時間を充実させたいと漆器を選びに来る人や、新築の床の間に飾りたいと作品を求める人などが増えているのが張り合いになっている。
縄文時代にはすでに用いられていたという漆。「日本人の血となり肉となるほどすべての文化に携わってきた工芸。不思議な力を持っているんです」と愛子さん。これからも時代に合う漆を追い求め、次世代につないでいく。