革、楽器、バイク…話題さらう漆職人・岩原裕右さん

異業種経験引き出しの多さに

江戸時代、中山道を往来する旅人向けに作り始めた日用品から始まった木曽漆器。一大産地の塩尻市木曽平沢では、独自の技術を幾つも生み出しながら時代のニーズに応え、家具から食器、文化財修復まで、多彩なものづくりで時代の荒波を乗り越えてきた。
「未空(みそら)うるし工芸」社長の岩原裕右さん(42)は、木曽平沢に息づく“柔軟さ”という遺伝子を受け継ぐ塗師(ぬし)の一人。漆職人の家に生まれ、異業種でさまざまな経験を積み、30歳を目前にようやく漆の世界に入った。
寄り道の多さは引き出しの多さ。革に漆を塗った製品シリーズは全国の百貨店で人気を呼び、著名ギターメーカーとの共同制作や漆塗り米国製大型バイクも話題になった。岩原さんを突き動かす思いとは-。

インパクトある大仕事成し遂げ

昨年から今年にかけて、岩原裕右さんは自らの腕と木曽平沢という産地を外に強く印象づける大仕事を3つ成し遂げた。
ギターメーカー「フェンダー」の依頼で作り、昨年発売された漆塗りエレキギター。燃料タンク、シート、グリップなどに漆塗りを施したハーレーダビッドソン(10日まで木曽くらしの工芸館に展示中)。戸隠神社式年大祭の渡御の儀(5月9日)では、半年かけて漆を塗った輿「鳳輦(ほうれん)」がご神体を載せる。
本来なら1つずつ集中して手掛けたかった仕事を3つ同時に並行。特に鳳輦は肉体的にも精神的にもこれまで経験したことのない厳しい仕事だったという。

「若者にも漆を」ブランド軌道に

高校卒業後、建設業界に就職したが、ハーレーに憧れ、2年後に上京。革製品店で働きつつ、革小物やシルバーアクセサリーを自作し、ハーレーも買って満喫した。「バイクのパーツを自分で作りたい」と、24歳で故郷に帰り溶接工に。金属加工の知識も得て、「将来独立し、自分のものづくりをしたい」と思い、ものづくりの腕を磨くため、30歳の時に1級漆器製造技能士で伝統工芸士でもある父の会社に入った。
会社の仕事と仕事終わりの自分の製作、二足のわらじ生活。平沢の文化財修復チームにも参加し、さまざまな技術を身に付けた。
転機は2014年。「漆塗り製品を知らない世代にも興味を持ってもらう」をコンセプトに、自身のブランド「jaCHRO(ジャックロ)」を立ち上げた。革製品の著名ブランド「キプリス」の目に留まり、16年には同社ラインアップの一つとして全国の百貨店で販売開始。テレビ番組でも取り上げられ、売れ行きが伸びた。
同年、レクサス販売店などの企画で、放送作家小山薫堂さんの助言を得ながら漆塗りの名刺を作るなど話題を呼ぶと、個人の仕事が増え、父の会社から独立した。

「人雇い育てる」産地活性に全力

岩原さんの武器は、生活に根ざした豊かな発想と行動力。ジャックロの商品は、チョコレートを思わせるマグネット、レザーのカップスリーブ、星やハートをかたどったレザーキーリングなど、日常にさりげなく寄りそうものばかりだ。
「新しい価値を創り出す、難しい注文にも創意工夫で応える、というのは平沢の職人の強み。『そんなの無理』『そんなの木曽漆器じゃない』なんて言っていたら、400年も続いてこなかった」
独立からわずか1年で見舞われたコロナ禍。経営は大ダメージだが、今後の目標は「1人雇うこと」。「産地活性や後継者育成を具体化するには、やはり雇用。それができる会社にすることが僕の責任。実現に向け、必死にがんばる」と力を込めた。