人と里山を結ぶ馬〝ヤマト〟と元調教師の大久保さん

大型馬が重さ500キロを超す重い鉄製そりを曳(ひ)いて速さを競う、北海道のばんえい競馬。目をむき、白い息を吐いて走る様子を近くで見ると迫力満点だ。
森林整備や木材販売を手掛ける柳沢林業(松本市岡田下岡田)にその馬がいる。名前はヤマト(雄、16歳)。4月半ば、その誕生日を祝うイベント「ヤマトの日」が同社が借りている里山の一角にある厩舎(きゅうしゃ)で開かれた。笑顔でヤマトを見詰めるのは、競走馬の元調教師、大久保樹里さん(43、県)。今はボランティアでヤマトの乗馬体験を手伝っている。
小学生の時、テレビで見たGⅠレースでオグリキャップの勇姿に魅了され、道内で調教師の仕事に就いた。離婚を機に娘と帰郷した大久保さんにとって、ヤマトは元気をくれ、世界を広げてくれる存在になっている。

ヤマトの乗馬体験コーナーで緊張していた女児が、背中に乗った瞬間、笑顔に変わった。横で見守り、サポートする大久保樹里さん。「馬の背中でしか感じられない世界がある。大勢の人に体験してほしい」と話す。
「ヤマトの日」は、ヤマトを所有する柳沢林業(松本市岡田)が住民らと開いている。誕生日の4月と秋の年に2回。ヤマトをきっかけに里山に親しんでほしいと企画した。

大久保さんは小学生の時、キャンプの際に体験した引き馬に心が踊り、その後、たまたまテレビに映ったオグリキャップの走る姿に「電流が走った」。オグリキャップの引退レースを見て騎手になろうと決意。中学校を卒業後、騎手試験に挑戦したが不合格。北海道の短大に進み、卒業後、馬を育てる仕事に。無敗で中央競馬クラシック三冠を達成するなど大活躍したディープインパクトの調教にも携わった。
結婚、離婚を経て、シングルマザーとして生きるには早朝や土、日曜の出勤が多い調教師は難しい-と、30歳で松本に帰郷し保険会社に就職。2年前に独立し、現在は家計や保険、投資などの相談に当たっている。
ヤマトとの出会いは5年前。柳沢林業から飼育について相談されたのがきっかけだった。それまで競走馬の荒々しい世界を見てきた大久保さんは、ヤマトの穏やかな性格や、見守る周囲の人の温かさに感激したという。
以来、仕事の合間に様子を見に来たり、乗馬体験イベントを手伝ったり。「調子がいいか悪いか表情を見るとすぐ分かる。ヤマトは素直な子なんです」。引退後に行き場がなく食肉にされるケースも多いばんえい馬が、人と里山を結ぶ役割になっていることにも期待を寄せる。
シングルマザーで、孤独を感じる時もあったという大久保さん。ヤマトを通してさまざまな人と出会い、地域の課題も感じるようになった。伐採木の運搬や馬耕もするヤマトの維持費や、コロナ禍で苦しむ小規模事業者の収入確保など、地域で経済がまわる仕組みづくりが必要と考える。
購入費の一部が地域に還元されるEC(電子商取引)サイトの普及に取り組み、今後は地域の店や商品を紹介するため自社ホームページの一部を変更する予定だ。
今でもテレビのGⅠレースから目が離せず「1頭の馬が、それまで関わった大勢の人の思いや夢を受け継ぎ懸命に走っている姿に胸が熱くなる」と話す大久保さん。「馬は人をつなぐ生き物。再び出会えたことに感謝し、地域が元気になるために活動していきたい」