人生に寄り添う 「カーテン職人」の百瀬さん

全てを手作りで規格外の仕事も

朝、カーテンを開けて朝日を浴び、日が落ちたらカーテンを閉めて一日が終わる。「カーテンは日常生活のスイッチなんです」
そう話すのは、今や松本平では少なくなった「カーテン職人」の百瀬純子さん(51)。創業から半世紀以上たつカーテン工房・小松装飾(松本市梓川倭)の2代目だ。
昨年11月に作業場をリニューアル。心機一転、仕事に取り組む百瀬さんの心のよりどころは、なじみ客とのつながり。先代が約40年前に仕立てたカーテンを今も使い続けたり、夫を亡くした寂しさをカーテンで癒やされたりといった人たちだ。
既製品のカーテンがほとんどを占める中、手作りにこだわる。「ニッチな仕事です」と笑う百瀬さん。生活に彩りを与えるカーテンを通じて、さまざまな人の人生に寄り添っている。

全てを手作りで規格外の仕事も

白やベージュを基調に、明るくリニューアルされたカーテン工房・小松装飾の作業場。用途ごとに使い分ける10台のミシンがずらりと並ぶ。このうち9台は百瀬純子さんの父で創業者の故小松寿さんが使っていたものだ。ミシンの前に座り、勢いよく縫い上げる百瀬さんは、1人暮らしの老婦人の家のカーテンや、お年寄りの家のレースのカーテン作りに忙しい。
「大きいカーテンだと、1枚20キロのものもあり、縫うのは体力勝負。布を裁断しては縫うの繰り返しです」と百瀬さん。これまでに松本県ケ丘高校体育館の縦3メートル、横8メートルのカーテン14枚を1人で縫ったこともある。「こうした規格外の仕事を請け負えるところは、ほとんどないのでは」と話す。

先代の突然の死継ぐことを決意

小松装飾は1968年に創業し、先代が妻周子さん(76)と二人三脚で切り盛りしてきた。百瀬さんが地元の金融機関に勤めていた2013年、先代が突然亡くなった。ちょうど新築住宅のカーテンなど内装全般を請け負っており、納期が迫っていた。
納品する先は百瀬さんの学生時代の同級生の家。「どうする」と焦る百瀬さん。子どもの頃から両親の仕事を手伝い、見よう見まねで技術を身に付けていたお、古くからの付き合いの業者や問屋が「頑張って後を継いでみないか」と百瀬さんに進言。先代の仕事ぶりを惜しむ声を聞き、泣いてばかりの母を励ますためにも「私がやってみよう」と、継ぐことを決意した。

40年前の仕立て今も変わらずに

松本市内の70代女性が家族と暮らす家のリビングには、約40年前に先代が仕立てたカーテンがきれいなままの状態で掛かっている。クリーニングしてもほとんどほつれることがないという。女性は「息子が小学1年生のときに作ってもらった。これ以上のものはありません」とほれ込む。
夫を亡くし、約2年間引きこもりになっていた60代の女性は、亡き夫が気に入っていたソファと同じ色のカーテンを百瀬さんに仕立ててもらったところ、元気を回復。今では、ヨガやテニスなどを楽しんでいるという。
2代目となって約8年。百瀬さんは、そんな声を支えにミシンを動かす。「カーテンはその人の暮らしや人生を見ている。責任重大ですね」
小松装飾TEL78・2265