【記者兼農家のUターンto農】#15 育つ稲、「V」か「へ」か

それぞれの成長曲線描いて

田植えから1カ月たった6月下旬。苗不足で1カ所で1本しか植えられなかった苗も、しっかり根付いた。ただ、根元から茎が分かれて増える「分けつ」はまだのよう。ヒョロッと1本だけ風にそよいでいる。見渡すと、3、4本植えたところも茎がそれほど増えていない。
近所や通勤路には、ずいぶん様子の違う田んぼが多い。分けつが進み、脇から見ても茎がびっしりひしめく。立派な株だ。
それに比べると、うちのはスカスカで、みすぼらしい。生育が遅れているのだろうか。そうでもないらしい。「への字さ」と父は言った。栽培方法の名前だという。「V字」もあるようだ。
調べてみた。八木宏典・東大名誉教授監修「最新版図解知識ゼロからのコメ入門」(家の光協会、2019年)によると、「へ」「V」は、葉の緑が濃くなる時期を曲線グラフにした時の形を指す。横軸は時系列、縦軸は緑の濃さ。田植えと出穂の中間時期に濃いのが「へ」で、逆に田植え期と出穂期に濃いのが「V」。緑の濃さは肥料の効き具合を表している。
「V」は田植え直後の施肥で分けつを急がせ、早い時期に茎の本数を増やす方法という。収量を増やすため、戦後、栽培方法の中心になった。一方の「へ」。最初の肥料をしなかったり少なくしたりして、ゆっくり分けつさせる。肥料代を抑えられるほか、病害虫に強い稲になるという。
父が「へ」にしたのは、20年以上前。最初の肥料をし損ない、施肥の時期が遅れたのがきっかけという。困って農協に相談に行くと、居合わせた別の農家から「への字稲作」を教わった。その結果、倒れにくい稲になったらしい。けがの功名のようなもので、うちの田んぼの性に合う栽培方法に出合った。
「V」も「へ」もやり方や効果にバリエーションがある。それぞれの成長曲線を描き、稲が夏場を迎える。