わら細工を通じわらの恵みを次世代へ 安曇野の「菖蒲藁ゑ会」

安曇野市豊科南穂高の新屋地区公民館のある場所にはかつて、庵主さま(尼僧)が暮らし、人々が集う寺があった。その寺から引き継いだ薬師如来像が今も鎮座する公民館の大広間で、30~80代の幅広い世代がそれぞれのペースでわら蓑(みの)作りにいそしんでいた。
わら細工を通じて、わらの恵みを次世代へつなげていきたいと、6月に「菖蒲藁ゑ(しょうぶわらえ)会」が立ち上がった。約10人のメンバーが、地元の上條強さん(84)からわら細工を教わっている。
かつて広く使われていたわら製品作りの技術を残し伝えていきたい─。環境に優しいわらを暮らしの中で使っていくことでその価値を見直したい|。会のメンバーたちは、上條さんから教わった知識を元に、より使いやすい形を求めてわらの研究に取り組んでいる。

きっかけは蓑

蓑の作り方を教えてほしい─。安曇野市の国営アルプスあづみの公園堀金・穂高地区で、ねこつぐら教室などを受け持つ上條強さんに、飯島町地域おこし協力隊員としてわら細工に携わる渡部唯子さん(30)が頼み込んだのがそもそものきっかけだった。
蓑は二重構造のため内側はぬれず、通気性もよく、ビニールがっぱのような蒸し暑さがない優れものだ。上條さんは渡部さんの熱意にほだされて今春、わら籠作家の鈴木由加利さん(48、明科)と2人に蓑作りを教えた。
上條さんは旧八坂村(現大町市)出身。子どもの頃は、どの家庭もわら細工が冬の仕事で、自身もわらじを編んで履いていた。わら細工が既に廃れていた30歳の頃、かつて親戚に蓑専門の職人がいたにもかかわらず教わらなかったのが心残りで、地元の先輩に教えを請うた。「わらのくせ」を熟知していたため、要領をつかむのは早かったという。
上條さんが蓑を作るのは約50年ぶり。「どうしても思い出せない部分もある」と笑いつつ、2人に教えながら作り方を徐々に思い出していった。
出来上がった蓑を見た人から「ぜひ作りたい」と声が上がり、渡部さんと鈴木さんを含む4人で「菖蒲藁ゑ会」を立ち上げた。

「環境問題」にも

会メンバーの思いはさまざまだ。「農作業で使うのが楽しみ」と夫婦で参加する市内の女性は話す。小田詩世さん(54、松本市)は、環境への配慮からできるだけ化学繊維を身に着けないよう心掛けているが、雨具がネックだった。問題の解決になるかも、と蓑作りに参加。「次はわらじを作りたい」と意気込む。池田町で一年を通じて子どもたちが田んぼを体験する「田んぼの会」を主催する臼井朋子さん(56)は、わらの使われ方や手仕事の面白さを伝えるとともに、プラスチック問題を考えるきっかけになればとの思いも。
メンバーの1人で、新屋地区公民館のある細萱区の区長、中田忠勝さん(62)は「少子高齢化が進む中で、世代を超えて地区外の人と交流できるいいチャンス」と話す。
「蓑を実際に使ってみて考察と研究が必要だと思う」「わら文化研究家の話を聞きに行きたい」。メンバーらのわら細工へのただならぬ情熱を言葉の端々に感じる。
会代表の中野あやさん(53、穂高)は「教わったことをおろそかにしたくない。未来に向けて、本当に使えるわら細工の形を探っていきたい」
使い終えても自然に帰る「わら」。伝統と現代、そして未来をつなぐ会のミッションは始まったばかりだ。